2019/11/28

ノドカナ  
ミカン氏のコメントに感心した。

幹部の人達は役職に沿った忖度記事しか書かない。

忖度記事がうまい表現であり、顕正会員の心理状態を的確に捉えている。もちろん忖度は顕正会に限った話ではなく、ありとあらゆる組織に蔓延している病理ではあるのだが、ある意味、仕事でそれをやっている人は仕方がない面がある。ようは生きていくためには仕方がない、収入を得るためには仕方がない、ということなのだ。ところが顕正会の場合はその大半が非職業幹部であり、その意味ではもっと自由な発言が可能なはずにもかかわらず、それが許されない現実がある。これも当然と言えば当然なのかもしれないが、ともかくハタから見れば窮屈でありそんな組織はご免被ると思う人がたくさんいるであろうことは確実である。

沖浦氏からは久々にワックスの話が聞けた。いわく、フッ素系のワックスが禁止になった、と。氏は早くから非フッ素系ワックスの研究に取り組んでおり、現在は世界一のワックスとの自負があるそうである。まさに沖浦節健在を思わせるコメントだった。

身延僧の話は知りませんが、破門後の創価学会が、総本山第五十五世日布上人が、国柱会の幹部に御開扉を賜ったことを指して、謗法与同などと言っています。

大沢氏のコメントから引用した。破門後の創価学会が総力を挙げて日蓮正宗批判を展開した結果、今まで埋もれていた史資料が脚光を浴びるようになった。不勉強のわたくしはそうした事案について、正宗側がどのように反論しているのかをまったく承知していない。ただ上掲に関して思うことは、もしかしたら間接的ながらも顕正会のことを含めて批判しているのかもしれない、ということである。何しろ顕正会の地方会館には日布上人の御本尊が安置されているからである。

例のカエリタマエ問題については、とりあえず今後の展開を見守りたいと思う。

さて、そこで顕正新聞の第1490号であるが、当該号はいつものごとく登壇原稿の羅列であり、基本的には退屈な紙面である。ただ不幸中の幸いと書くのは不謹慎と承知しつつも、例の台風被害の報道が第一面を飾っていることで少しは格好がついている感じである。

千曲川の堤防決壊で、長野市は広範な地域が泥水の海と化した

この共同通信社提供の写真が一面の上段にデカデカと掲げられている。

余分なことを書くと、台風十九号直後に自民党の幹事長が失言をして後に撤回した。何を言ったかというと、大したことなかった、というような意味だった。実際には大したことがあったわけだが、それにもかかわらずなぜにそのようなウカツな発言をしたのか、わたくしには手に取るようにわかる。

十五号の被害も相当なものだった。しかし、その時には予報が甘かったためか、後から被害の深刻さがクローズアップされる格好となった。

気象庁としても忸怩たるものがあったのかもしれない。それゆえに十九号の時には来る前から大騒ぎをしていた。過剰過ぎるくらいの報道がなされていた。いわく、史上最大級の台風が首都圏を直撃する、と。

横浜在住のわたくしの感想を言うと、大したことなかったのは事実である。午後の八時くらいには風が弱まり、雨もそれほど強くはなかった。そのまま夜が明けた感じだった。
逆に十五号の時は街が寝静まった頃から暴風雨となり、なんと午前三時には拙宅も停電してしまったのである。停電は十三時間に及んだ。もちろん千葉県下の長期停電に比べるべくもないが、それでも自分の人生において最長の停電だった。
つまり、十五号に比べると首都圏そのものはわりと静穏だったし、わりと早い時間に通過してしまったこともあって、余計に大したことなかった感が強かったのである。

ただし、後出しジャンケン的で恐縮であるが、わたくしは自民党の幹事長のようなことは思わなかった。ようするに自分のところは大したことなかっただけであって、今回もまたどこかで甚大な被害が出ているのだろうと想像していた。事実そうだった。

東日本大震災の時もそうである。あの時は横浜も相当に揺れた。ただ被害的には大したことなかった。けれどもわたくしは前述のごとく、どこかで甚大な被害が起こっているのかもしれない、というふうには思っていた。事実そうだった。

話を顕正新聞に戻そう。

神奈川県箱根町

中段には毎日新聞社提供の写真があって、おそらくは湯本付近だろう、川が濁流と化している様子が凄まじい。

福島県南相馬市

朝日新聞社提供の写真には、家が土砂に埋まっていて辛うじて屋根だけが見えている凄まじいものがある。

千葉県市原市

これも朝日新聞社だが、車が逆さまになっているその先には、いったい何が起こったのか、まったく想像できないような光景が写し出されている。確か竜巻が発生したと報道されていたような気がする。台風と竜巻と同時期に発生するのかどうかよくわからないが、見た感じは竜巻の被害そのものである。

宮城県角田市

共同通信社提供である。道路が崩壊して車が落ちかけている。より正確に言えば、もはや自力では脱出できないレベルまで落ちてしまっている。

茨城県水戸市(牛舎から流されて来た牛)

この写真はのどかな雰囲気のところに牛が一頭たたずんでいる。もう少し説明すると、普段なら人が散歩したりランニングしたりするであろう土手の遊歩道に、牛がたたずんでいる不思議な写真である。ようは上掲の説明通りなのだろう。唯一、これだけが提供先の表示がない写真である。

逆に言うと、写真の提供を受けなければ紙面を作れない、それが顕正新聞社の実力なのである。

2019/12/10  12:27

投稿者:名無し
馬鹿キチガイの大沢さんへ

日蓮正宗法華講員と創価学会員顕正会員とは立場は対等ではないのだ。
法華講員は現に日蓮正宗、戒壇の大御本尊様をお守りする立場で広宣流布実現する使命を全うしなければならない。
政治で例えれば国を任された政権与党のようなもので無責任で無慈悲で恥知らずな振る舞いは許されないのだ。
ただ対等に無責任に敵さえやっつければいいというようなやり方は広宣流布の使命に足枷にしかならないのだ。
野党のように無責任に吠えるだけの異流儀など放っておいてすべて御本尊様にすべてお任せすればよいのだ。
広宣流布の使命全うの為だけに、信行に励み世間に一目置かれるような人材になれるよう仏弟子として己を磨くだけでよいのだ。
そんなことも解らず恥知らずな言動など繰り返すから馬鹿キチガイと罵るのだ。
薄っぺらい教学に慢心しての能書き、古巣への恨み節見苦しい感情任せの見苦しい誹謗中傷はやめて、救ってやろうとの自利利他の信心に目覚めなさい。
そして本気で広宣流布実現の為にお役に立とうとしなさい。

2019/12/7  7:39

投稿者:大沢克日子
「魂の独立」を果たしたという創価学会と違い、顕正
会は、「冨士大石寺顕正会」を名乗っています。
正式名称は宗教法人顕正会とのことですが、わざわざ
「冨士大石寺」を名乗るならば、当宗の教義に則るの
は当たり前でしょう。

然るに、最近会員(特に幹部)と話していると、あた
かも一大秘法が戒壇(国立戒壇)であるかのような話
しぶりに、懸念を抱いています。

今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、
色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。
(三大秘法抄)

三大秘法は宗祖日蓮大聖人の御一身に具わりますので
独一本門戒壇の大御本尊の在すところ、事の戒壇であ
ることは、言うまでもありません。
(無論、広布の暁の、本門寺の戒壇の御遺命は存する)

顕正会員は、正本堂を「偽戒壇」と称していますが、
これは誤りです。
大御本尊様の在すところ、正本堂は紛れもなく戒壇で
した。

現役時代、本部会館の看板は日寛上人の御筆跡を使っ
て作られたと聞いた記憶があります。

「夫れ本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦
行を導く、故に境若し正しからざる則んば智行も亦随
って正しからず」
「若し正境に非ざれば縦い妄偽なけれども亦種と成ら
ず」
(日寛上人文底秘沈抄)

「御遺命守護のために闘った先生だから」
「国立戒壇の御遺命を護っているから」
猊下の允可もなく、御本尊を扱って良い訳ではありま
せん。

当時能化であった松本日仁元住職が、宗内に存在しな
いはずの、日布上人大幅御形木御本尊を大量に秘蔵し
ていた、という話は成り立つのでしょうか?

2019/12/3  22:21

投稿者:大沢克日子
>何しろ顕正会の地方会館には日布上人の御本尊が安置
されているからである。

爰を以て大慈大悲の窓を開き、十悪の迷闇を照し給は
んとして今末法に、日蓮大聖人と名乗り、顕現自在力
能証所証の南無妙法蓮華経を弘宣せられ、此の金口の
大法を日興上人に相承し給ひ、爾来日目上人・日道
上人と法水は一器より一器に移すが如く、唯授一人の
法統連綿として現代に至る。之れ日蓮正宗の本源なり。
(過去帳序文)

能証の人と所証の法が不可分であり、つまるところ、
事の一念三千・人法一箇・独一本門戒壇の大御本尊と
いうのは、当宗において示されるところです。

日蓮正宗の信仰は、昔から「御戒壇様と血脈」と言
われます。

他宗よりも、とりわけ異流義が、「御戒壇様と血脈」
を殊更誹謗中傷しています。

「顕正会は違う」
というかもしれません。

しかし、本来日蓮正宗に存在しないはずの「日布上
人大幅御形木御本尊」なる本尊を、猊下の允可もなく
複製するならば、「御戒壇様と血脈」を蔑ろにするに
他なりません。

「御戒壇様と血脈」を蔑ろにして、正体不明の本尊を
是とする人々は、本門寺の戒壇を論じる資格すら失っ
ていると言えましょう。

そういう人々が、正本堂論または戒壇(建物)論を語ったと
ころで、何の意味があるのでしょうか?

2019/12/1  14:30

投稿者:名無し
馬鹿キチガイの大沢さんへ

日蓮正宗法華講員と創価学会員顕正会員とは立場は対等ではないのだ。
法華講員は現に日蓮正宗、戒壇の大御本尊様をお守りする立場で広宣流布実現する使命を全うしなければならない。
政治で例えれば国を任された政権与党のようなもので無責任で無慈悲で恥知らずな振る舞いは許されないのだ。
ただ対等に無責任に敵さえやっつければいいというようなやり方は広宣流布の使命に足枷にしかならないのだ。
野党のように無責任に吠えるだけの異流儀など放っておいてすべて御本尊様にすべてお任せすればよいのだ。
広宣流布の使命全うの為だけに、信行に励み世間に一目置かれるような人材になれるよう仏弟子として己を磨くだけでよいのだ。
そんなことも解らず恥知らずな言動など繰り返すから馬鹿キチガイと罵るのだ。
薄っぺらい教学に慢心しての能書き、古巣への恨み節見苦しい感情任せの見苦しい誹謗中傷はやめて、救ってやろうとの自利利他の信心に目覚めなさい。
そして本気で広宣流布実現の為にお役に立とうとしなさい。

2019/12/1  13:47

投稿者:大沢克日子
(日有上人化儀抄)
法華宗の法師は他宗他門の人に交わる時は我人体の分
程振舞ふべし、緩怠を為すべからず又卑劣すべからず
俗姓程なるべし、我法華宗の中にては貴賤上下を云は
ず仏法の信者なるが故に卑屈すべからず云云、但檀
那に依ては不肖の身なりと雖モ上座に居する事あり云
云。

(日亨上人有師化儀抄註解)
「我人体の分程」等とは、出世間にありては、上人
・老僧・中老・大衆・所化等の身分の次第、世間俗姓
にありては其父の公家武家の官位の次第より百姓に至
る迄を云ふ、老僧なれば老僧らしく大衆なれば大衆ら
しく、父が大臣なれば大臣の子らしく田舎の下司武士
なれば下司らしく身を持ちて、他門の僧侶と交際すべ
し、緩怠驕慢なれば不礼に当り・慇懃謙下に過ぐれば
卑劣に当る、何れも慎むべき事なり、此も亦社交の一
辺にして門内には此の区別あるべからずと念注し給ふ
なり、但し有尊・数々京都に往復し奥越に巡化し尊卑
の道俗と交際多かりしを以つて・別して将来の末徒に
慈訓を残し給ふものなり

2019/12/1  13:45

投稿者:大沢克日子
日有上人は御僧侶方の他宗他門の人々との交わり方に
ついて、教訓遊ばされています。
宗内では世間的な出自身分に関係なく、御弟子の立場
によるが、他宗他門の人と接する時は、傲慢にならず
卑屈にならず、世間一般の分に応じて接すればよい。

日亨上人は、
「但し有尊・数々京都に往復し奥越に巡化し尊卑の道
俗と交際多かりしを以つて・別して将来の末徒に慈訓
を残し給ふものなり」
(有師化儀抄註解)
として、日有上人が京都や東北地方への折伏弘教・外
交で、他宗他門の僧俗と接する中で、私たちに残され
た教訓とされています。

浅井会長は、学会の真似をして、身延僧らの大石寺登
山を謗法与同といっていますが、邪宗謗法の、宗外
の人々に接する時は、卑屈にも傲慢にもならず、世間
一般の常識に従い対応すればよいはずです。

時折、世間の人々と接するのに、仏法と世法は一体な
どと言って、信仰上の立場をそのまま持ち込んで、妙
に偉そうに、上から目線で接する人がいます。
結果として、世間の人々とトラブルを起こしているの
に、本人は至って意気軒昂、功徳に満ちた生活と思い
込んでいます。

自分自身も、過去反省すべきことが多々あると思いま
すし、今後特に注意して、宗外の人々と接していきた
いと思います。

(ただし、顕正会幹部等が、制止にかかわらず、御法
主上人の誹謗中傷を繰り返すならば、その人には相応
の対応をします)

2019/12/1  8:35

投稿者:名無し
私なりの成功、失敗するにしても結果的によい方向に向かう秘訣

寡黙、正直、一生懸命

真剣に物事に向き合う中で自然と知恵やアイデアが湧き取り組んでいる事の面白さ楽しさに気づき良い結果へと結びつく。
真剣に寡黙に正直に取り組む姿があれば、自然と人が集まり助けになってくれます。
たとえ悪い結果失敗したとしても、真剣で正直でまっすぐな取り組んだ先には必ず良い副産物が生まれます。
副産物とは、自身の成長、スキルアップ、次に繋がる経験、人脈、稀に臨んだ求めた以上の素晴らしい結果など上げたらきりがありません。

高い目標、厳しい環境状況下ではメンタルが強くなくてはいけませんし勇気がなければいけません。
だから心の弱い私は、何の迷いもなく真剣に正直にまっすぐに打ち込めるように真剣に御本尊様に祈ります。
仏法は四力成就です。おすがり信心ではいけません。仏法に賭けるようなギャンブル信心でもいけません。
『身に偽り親しみ無く』と御金言があるように、仏弟子であるならば何事にも真剣で正直でまっすぐでなければいけません。
仕事を理由に信心をおろそかにしたり、逆に信心を理由に仕事おろそかにするような輩には罰しかありません。

信心も仕事も何時も、真剣に正直でまっすぐあれるように真剣に御本尊様に祈ることが何よりも秘訣です。

2019/12/1  7:37

投稿者:沖浦克治
本当ですよ。

成功の三大秘訣‼️

大声、ハッタリ、空元気‼️

格調高い表現ならば、

八方塞がりで打つべき手が何も無い時にも、出来る事が1つある。
勇気を持つ事である‼️

この基本が強い祈り、祈りは、ハッタリを確信に、空元気を行動にかえ、結果としてその人の声は回りを動かします。

先ず声を上げる‼️
その声がお題目です。

2019/12/1  6:40

投稿者:沖浦克治
ガンコさん、おはようございます🎵

功徳の真っ最中の12月です。
令和元年も大詰め。

終わりよければ全てよし。

有名な言葉です。
私の令和初年はそう言う年になりました。

身の回りの沢山のゴタゴタが、先日あっという間に消滅し、この20年で最高の自由を手にしした。

嬉しいです。
兵庫県のクラシックベンチに行かなくても何の問題もありません。

これからは、月に1度程度、何処かの裁判所に行くだけで済みます、

夢のような幸せ‼️

本業のスノーワックスに、超追い風が吹いて来ました。
これからは、自分の事に専念出来ます。

訴訟なんかは、適当にやってれば3年で片付きます。
それも、書類審査見たいなもので、面接はそんなにありません。
やっと雑事から解放されました。

アチラ様は大変かもですが、ご自分で望んだ道。
私はお付きあいするだけです。
来年度は私には飛躍の年です。

頑張るぞ〜‼️

2019/11/30  10:30

投稿者:ミカン
厳虎さん、迷走する顕正会を斬るブログの紹介文を読んで、厳虎独白さんのコメントを見ました。厳虎さんの問題意識を大分理解出来たと思います。

活衛氏の更迭?された経緯も知りました。もう10年位前に城衛氏に世襲は完了している訳で、あの感情的な活衛氏が外されて、心身を病んだとしてもむべなるかなと思います。

では何故に、出て来れないのかと考えると謗法の恐れ、洗脳故かも知れないと考えます。

一方でYoutuberの元幸福の科学の長男の三代目宏洋氏が内情を暴露していますが、彼は恐れるマインドコントロールが無い事が解ります。

幸福の科学もアンチ派が多いようですが、アンチが多いのは、教団に多くの矛盾や問題が有るからと思います。

教祖に成ると、初心は良くても、拡大するに連れて、やりたい放題に成り、それは自己愛性人格へと歪んでしまうのだと考えられます。

ネットで見る定義の殆どが当てはまるようです。以下に書くのは、幸福の科学のアンチ派の記事の一部コピペです。ノルマを課す事で、全ての歪みが生じると考えます。
_

皆様が「信仰」だと思っているもの、それは信仰ではありません。

「依存」です。

「神」が、お布施を強要しますか?

各支部にノルマを課し、達成出来なければクビにする、と支部長を脅し、

年金暮らしの老人から、布施をセビったりしますか?
_

こう成ると宗教と宗教団体は営利(お金、権力が絡む)ので区別すべきでしょう。

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