2020/2/22

ノタマウ  
沖浦氏のコメントに三国志の話が出てくる。

 乱れた世では本当の人物は出てこないのです。
 いないのではなく、隠されている。
 それを見つけるのです。
 人材は常にいますが、世に阻まれて出てこない。
 それを見つけ出すのが王の資質です。


これは何かのコピペなのか、それとも沖浦氏の脳内にストックされているものなのか、そこが気になった。不勉強のわたくしは脳内ストックがほぼゼロなので、上掲のようなセリフがスラスラと出てくる人を羨ましく思うのだ。

話が通じない。道理が通じない。何を言っても、ビクともしない人達のようです。

今度はミカン氏である。顕正会に対する鋭い観察眼を持っている。上掲はその一節であるが、いわばこれがカルト宗教の典型的な姿なのかもしれないと思った。

氏も指摘しているように、平伏する、咽び泣く、みたいな言葉は一般的には多用されることのない言葉である。それが顕正会の中ではたくさん使われている。このことが特殊な環境を物語っているのだ。

わたくしが常日頃、顕正新聞の中からピックアップしている言葉の数々も、そうした特殊性を感じさせるものが多い。

さて、引き続き顕正新聞を見て行くが、まずは上掲に関連するところから始めよう。

先生の「漢王三尺の剣」を重くする大成長を・・・

これは男子部第五十九隊長(宮城)の記事に出てくるわけだが、無教養のわたくしにはさっぱりわからない。おそらくはかつての冨士に解説みたいなものが載っていたと思う。あるいは顕正新聞のコラムのようなところにも書かれていたかもしれない。しかし、わたくしはそれでもわからなかった。顕正会の人たちは皆がわかっているのだろうか?

 「諫臣・争子」として、国のため宗門のため全責任を担われる先生・・・

第十三婦人部長(東北)の言っている意味はわかる。ただ一般人にはわけがわからないだろう。ましてや全責任などとノタマウのは特殊きわまることだ。

顕正会の特殊なボキャブラリーについては今後も取り上げていきたい。

顕正会初の地方会館として仙台会館が建立され・・・

ところでこの女子部第十一総部長(南東北)の発言は正しいのだろうか?

わたくしの認識が正しければ、顕正会初の地方会館は高知会館ではなかったかと思う。かなり早い時期から存在した。それは有力なリーダーがいたからなのだろう。ところがその人物は途中でおかしくなってしまった。有名な事件であり、わりと最近も話題に上がっていたと思う。もっとも委細に見れば、幹部の離反は日常茶飯事なのだが・・・

次のページに目を転ずると、正義にめざめて、の登壇が二本ある。いずれも高齢の男性であり、婦人部ないし女子部の紹介で創価学会から入会したらしい。ここでは具体的な内容を省いて、感想だけを書いておこう。若い入会者はいないのだろうかと。今は平均すると入信も入会も高齢者が目立つようだ。

下段の女子部第二百九区班長(宮城)は八十一で亡くなった母親のことを書いている。

 令和元年六月に開催された北東北大会では、長距離の移動を伴うことから母の体調を心配し、「車椅子で行こうか?」と提案しましたが
 「浅井先生にお会いするのだから、車椅子では行かない」
 と、キッパリ断られ・・・


亡くなったのは九月であるからして、すでに六月の時点でかなり衰弱していたと考えられる。その意味で車椅子を拒否する気丈さは美談と言えるかもしれない。ただし、あえてイチャモンをつけるが、上掲は少し問題があると思う。ようするに現状、顕正会には後期高齢の会員がたくさんいて、車イスを常用している人も相当数いるはずなのである。ゆえに上掲のような記事は、その人たちから車イスを奪うことにもなりかねない意味で問題なのである。

しかし、さらに矛盾したことを言うと、高齢者の中には甘ったれている人もマレには存在する。頑張れば自力歩行が可能なのに、甘ったれて車イスにすがっている。結局、そういう人は筋力が衰える一方なので、二度と自力歩行ができなくなる。それじゃあダメなのだ。

最近の顕正会は高齢者が目立つ。結果として臨終を云々する記事が多い。

それはそれで結構だが、わたくしの思うに高齢者の生き様のようなものをもっとアピールすることができれば、顕正会も存在価値が示せるのではないかと思う。現状は生き様ではなく死に様を見せている。仏法上、それが重要だと言いたいのはわかる。ただ、それだけではダメだろう。やはり生き様を見せるべきなのだ。

あるいは浅井先生がそのお手本のつもりなのかもしれないが・・・

2020/2/23  11:50

投稿者:ミカン
厳虎さん、コメントありがとうございます。話が通じない云々ですが、これは、特殊な思想空間が強固なので、無自覚にバリアを張っていると思います。謗法フィルターでしょうね。それが、個人崇拝型教団の特徴でも有るでしょう。これは、カルト性の強い教団ならどこでも起こっている事でしょう。

新聞に書かれた幹部達の書いている事が変わり映えしないのも、同じ思考回路故でしょう。

これは、路線を外れた事を書けない姿を表しているでしょう。教団内に諫臣が居ないと思います。これは、内心の自由が無いのかも知れません。

さて、2020年は、確かに予想も付かない激変が有りうると思います。年内に心の浄化を進める必要が有ると思います。

争い心を持ったままでは、浄化は無理と言うものです。宗教団体では無い神人氏の著作には、注目すべき事柄が書かれています。

2020/2/23  8:35

投稿者:名無し
>わたくしの思うに高齢者の生き様のようなものをもっとアピールすることができれば、顕正会も存在価値が示せるのではないかと思う。現状は生き様ではなく死に様を見せている。仏法上、それが重要だと言いたいのはわかる。ただ、それだけではダメだろう。やはり生き様を見せるべきなのだ。


ブログで小遣い稼ぎを夢見て、平日の日中からツマラナイブログを更新している生き様がさぞかし立派と思い込んでいるのだろうか??
都合の悪い話は答えない話を逸らす逃げる生き様に誇りでもあるのだろうか??
他人の生き様にとやかく言う前に自分の立派な生き様を見せてみたらどうだろうか??
創価ガッカリさんにおいては発言にはいろいろ問題を感じるところは多々あるが、体験の重要さを提起して世法においては指導者として生き様をみせている。
私は、信心に潔癖に純粋に貫くことを大事として日蓮正宗系の馬鹿キチガイには厳しい意見を発し続けている。

言葉を飾って自分を大きく見せようとして古巣の愚痴を語って広宣流布に対して建設的な意見の無い輩が、偉そうに他人の生き様にとやかく言うの見苦しい。


2020/2/22  21:42

投稿者:ミカン
厳虎さん、コメント頂きありがとうございます。さて、正しさ、若しくは正義と言っているものは、一般人には、良く解らないものです。

それよりも、どんな思い、どんな念を日頃持っているかの視点を持つべきでしょう。

又、顕正会関連のYoutuberがえらてんさん含めて6人確認しました。今の時代は裏庭で囁いた事を大広間で言い広められる時代です。

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