2020/8/20

コクジ  
いくつかコメントを頂戴しているが、今日はいきなり顕正新聞の話題に入りたい。

「20年代こそ広布の決戦場」特集号

第1514号は六月二十四日に行なわれた総幹部会の模様を伝えている。まず第一面を読んでいて気になったのは、次のくだりである。

私は平成2年4月、阿部日顕に対し「正本堂の誑惑を破し、懺悔清算を求む」と題する一書を阿部日顕と池田大作に送付した

これは明らかにおかしな文章である。こんなものを特集号として広く配布するのは狂気の沙汰である。

ちなみに二面からは会長講演の本文が載っていて、上掲に相当する部分を確認すると、そこではマトモな文章になっている。すると第一面のそれは編集部の誰かが書いたことになるのかもしれないが、なぜに修正されずに印刷されてしまったのか、そこが問題である。前にも書いたように、おそらくは顕正新聞の編集部もやる気がないのだろう。惰性でダラダラとやっているのだ。

七月から新しい前進

さて、会長講演である。この段ではコロナ対応として、今まではオンラインでのビデオ放映を中心にやってきたが、七月から徐々に集会を開いていくとの方針を示している。

講演の後半では第二波・第三波に言及しており、実際、浅井先生の見通しはかなり正鵠を射ている。何しろ七月に入ってから感染が再び拡大し始め、今となっては四月のピーク時よりも深刻な状況を迎えているからである。

 安倍政権はいま緊急事態宣言を解除し、経済活動に舵を切らんとしているが、新型コロナはそんなに甘いものではない。

先ほども書いたように、六月二十四日時点での発言である。

 「疫病もしばらくは止みてみえしかども、鬼神返り入るかのゆへに、北国も東国も西国も南国も、一同に病みなげくよし、きこへ候」

先生は弘安元年十月の上野殿御返事を引用した上で、次のごとく言っている。

 この仰せを拝すれば、今の新型コロナウィルスも、いったんは収まったように見えても、第二波・第三波があって長引くことになるかもしれない。

優れた見識である。

ただ少しイヤミを書いておくと、「〜かもしれない」が浅井先生らしからぬ弱々しさである。大聖人の御指南を絶対と信ずるならば、「長引くことは確実です」と発言してもよかった。それならば、浅井先生の予言が当たった、と言えたのである。

いや、もちろん、これはイヤミであって、上掲はごく普通の感覚からすればまったく問題のない発言である。

やや余談になるが、当該御書を確認して驚いた。

八月・九月の大雨大風に日本一同に熟らず・・・

ご存知のように、八月に入ってからは猛暑に苦しめられているが、逆に七月の段階では日本各地で豪雨による水害に見舞われていた。その意味で本年は弘安元年の状況と酷似しているのかもしれない。

話を戻そう。

七月から新しい前進をするとのことだったが、その後の状況に鑑みた時、この方針はどうなったのだろうか? まさか政府の何とかキャンペーンのようにゴリ押しが行なわれたのだろうか?

 私は前々から、二〇年代こそ広宣流布の決戦場であると、思い定めておりました。
 そのわけは、正系門家の御遺命違すなわち大聖人様への師敵対が、すでに極限に達している。もう日本は保たないと感じていたからであります。


これはどうかと思うところである。具体的には、前々からとは何年前からを意味するのか、そこが問題である。なぜならば平成九年の諫暁書でも平成十六年のそれでも、日本は亡ぶと言っているからである。あるいはその前にも人類滅亡を云々しているわけで、ようはずっと同じことを言ってきたわけである。その意味では前々からとも言えなくはないのだが、しかし、それらの文証を調べて行けば、インチキがバレることになる。なぜならば、以前は必ずしも二十年代とは言っていなかったのだ。どこかで都合よく変えたのである。

 池田が日顕を猊座から引きずり下そうとして「相承なき詐称法主」と罵れば、日顕は池田の法華講総講頭職を剥奪し・・・

時系列がデタラメである。もっとも話を圧縮しているだろうことが窺えるので、この場合は細かい前後関係は問うべきではないのかもしれない。

池田と日顕には大御本尊への信が無かった

池田氏の話はどうでもいい。日顕上人の件では素朴な疑問がある。今回の講演では日顕上人に信心がないことの根拠として、山崎正友氏の話を持ち出しているのだ。わたくしの印象ではそれよりも河辺メモのほうがインパクトが強いと思うのだが、今回はまったくそれに言及していない。なぜなのか、ひじょうに気になるところである。

 6月4日には、三浦半島で原因不明の異臭騒ぎが起きた・・・

話が飛んで恐縮だが、最近では珍しく地震のことに詳しく言及している。上掲はまだしも次が注目である。

 「私は数年以内に、相模トラフと南海トラフで超巨大地震が発生すると考えています」

立命館大学特任教授の高橋学氏の発言だそうである。

 まさに巨大地震の連発がいよいよ始まるのです。

これは浅井先生の発言である。わたくしの思うに、これも決戦場云々と似たインチキ臭さである。平成十六年の諫暁書に巨大地震の連発を予言した。それが平成二十三年の東日本大震災としてあらわれた。ようするに巨大地震の連発はすでに始まっているのである。一つには熊本地震がそれだろう。浅井先生のイメージがどんなものか知らないが、地球レベルの時間感覚からすれば数年ないし十年置きでも連発と表現して問題ないはずなのだ。結局、先生の狙いとしては、いつなのか、それは今である、という切迫感を演出したいだけなのだろう。

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