2020/8/23

セイリ  
顕正新聞の続きを見て行こう。

 そこに先生の・・・
 との大師子吼が千鈞の重みで胸に迫り・・・


婦人部杉並支区部長(首都圏)の記事である。今や婦人部系がいちばんダメである。

「正本堂が事の戒壇、本門寺の戒壇と称して何の不思議があるのでありましょうか」

今度は副総男子部長・第二総部長の記事である。彼は群馬県の覚王寺の講頭代行と法論した時の模様を伝えているが、上掲は昭和四十九年八月の日達上人の御発言なのだそうである。

どうやら現在の法華講では、かつては行き過ぎやはみ出しがあった、だが昭和四十七年の正本堂訓諭以降にはそれがない、というふうに主張しているらしい。顕正会ではそれを打ち破るべく、それ以降の発言を隈なく調べたのだろう。その成果が上掲ということらしい。

まあ、しかし、上掲に限って言えば、それほどの逸脱には思えない。顕正会が過剰に言い募っているだけのような気がする。

日達上人だってバカではない。前言と矛盾するようなことを繰り返していたら、最終的には支離滅裂で誰にも信用されなくなる。ゆえに発言の整合性にはかなり気をつけていたはずであり、それを踏まえて善意に読み取るならばそんなにおかしな発言には思えないのである。何しろ正本堂は広宣流布の暁には本門寺の戒壇となるべき大殿堂なのであるから、そうした訓諭の延長線上の発言としてはわりと当たり前のことを述べているに過ぎない。

顕正会としては、それをそのまま認めてしまうと話が終わってしまうので、ああでもないこうでもないとイチャモンをつけている。そんな印象が否めない。

ここで整理をしておこう。

顕正会のマズさはいつまでも正本堂問題に拘泥していることである。もちろん浅井先生の気持ちとしては、落とし前がついていない、ゆえに、落とし前をつけてやる、ということなのだろう。
それはわからなくもないが、問題とすべきは現時点での間違いである。今の宗門は間違っている、現時点で間違いを犯している、としたらどうだろう。そこを徹底的に責めるべきなのである。
しかるに顕正会では昭和四十年代の話に遡って、どうのこうのと言っているわけである。それをまったくの無意味とは言わないが、今現在、宗門が唱えている邪義をしっかりと破折すべきが本筋だろう。

さて、ここまで読んでどのように感じただろうか?

簡単な話である。もしかしたら今の宗門はけっこうマトモであり、顕正会の立場としては叩く材料がないのかもしれない。もしこれが事実ならば顕正会の存在意義はすでに失われていることになる。オワコンである。それでは困るので、過去の話をほじくり返している。客観的にはそういうことになるだろう。

いや、もちろん、戒壇論を云々するにおいては、正本堂問題を抜きにしては語れないのも事実である。ただ世間普通の義から言っても、時効が成立するような昔の話よりも今現在の話のほうが耳目を集めやすい。ここは浅井先生にとっては盲点なのか、あるいは過去の栄光にしがみつきたいのか、その両方か、よくわからないところである。

極論すれば正本堂問題にはまったく触れずに、現時点で宗門が出版している教義書に対して、間違いを指摘していけばいいのである。これがいちばんシンプルであり、かつ最強と言えるだろう。

「関快道」と法論

男子部第八十九隊支隊長(茨城)の記事に付された見出しの一部である。茨城の人間が本山塔中の僧侶とどうして法論になったのかと思いきや、電話でのやり取りだった。

なるほど、宗門僧侶が顕正会を迷惑がるのも頷ける。支隊長クラスが電話を掛けてくるということは、それこそ各方面からたくさんの電話が掛かってくることが想像される。寺院への直接訪問もしかりである。ゆえにしばしば話に出てくる警察を呼ぶ云々も当然の措置かもしれない。

 また関は「コーラン、聖書、身延の書物も読み、自分の宗教を客観的に見ている」などと言ってきた・・・

支隊長は続けて次のように書いている。

 この男には謗法に対する潔癖性など全くなく・・・

顕正会だって同じだろう。末端会員はそれでいいにしても、ある程度の幹部になったら破折のために勉強する必要がある。それとも何も読まずに破折できるのだろうか?

 私が「細井日達の発言も現憲法の時、なんで今は勅宣・御教書は不要と言い切れるのか」と重ねて問い詰めたところ・・・

端折った引用で恐縮だが、顕正会幹部のゴリ押しには辟易する。この直前で御住職は次のように言っている。

「それは未来の大理想としてだ」

これを支隊長は、矛盾きわまる言いわけ、と書いている。

本人は自覚がないのだろう。いつも言っているように、議論は相手の発言を善意に解釈するところから始まるのだ。そうでなければ議論にならない。自分の言いたいことだけを強弁するのは、議論ではない。

御住職は勅宣御教書を不要と言っている。支隊長は日達上人の発言を引用し、御住職の主張を間違いであると断じた。それに対する反論が上掲なのである。

ぜんぜん矛盾していない。

極論すれば正本堂問題にはまったく触れずに、現時点で宗門が出版している教義書に対して、間違いを指摘していけばいいのである。これがいちばんシンプルであり、かつ最強と言えるだろう。

再掲である。何の再掲かと思えば、拙稿である。上のほうで書いたことを今一度強調したいがために太字にした。

結局、今の顕正会は日達上人や日顕上人の過去の発言を持ち出して、イチャモンをつけているだけなのである。今回の場合は勅宣御教書の要不要について、日達上人の御発言を引き合いに出して御住職をやり込めようとした。ところが、未来の大理想としてだ、とあっさりと返されてしまった。

本筋を間違えているのである。勅宣御教書の要不要を云々するのであれば、もっと真面目な論証が必要である。そこがわかっていないのではないかと思う。

2020/8/25  0:35

投稿者:大沢克日子
結局、昭和五十三年十一月のお詫び登山や、池田名誉会長の引責辞任等を経て、日達上人はもう一度お許しになられるのですが、山崎正友氏によれば、日達上人は次のように仰せになっていたとのことです。

山崎:(略)
日達上人は、
「私もそうですよ。これまで大変でしたから、新しい体制が固まったら、秋には阿部(日顕上人)に譲って引退し、のんびりしたいと考えているのです。あなたも、せめて、それまでは付き合ってください」
と言われました。
「学会との関係については、宗門が学会に依存しすぎたことも、学会を増長させ、逸脱させた原因だった、と反省しているのです。
ですから、私は、これから先、宗門が自立してやっていけるよう、体制も財政も、基礎を作ることに力を入れたい。学会との関係については、宗門も自ら反省し、変えていかなくてはなりません。
そのことは、活動家僧侶も、また、主だった僧侶達もよく自覚しています。」
「学会の逸脱の根本は、''師匠が地獄に堕ちても、ついていくのが弟子の道だ''とする誤った師弟観にある、と、私は思っています。それが『池田本仏論』『学会中心主義』を生む原因だと思っています。この点については、これからも折に触れて戒めていくつもりです」
と言われました。
実際、この点について、日達上人は、同年七月の御遷化の直前まで、戒める御説法を続けられました。
(同書より引用)

顕正会(浅井会長)は、創価学会や池田名誉会長を敵対視しながら、一方で模倣しているようにも見えます。

※結局山崎正友氏は、創価学会や御宗門と断絶し、日顯上人が学会側におられるのではないかと疑念を抱き、正信会を応援する中で、御相承の儀式の有無に拘泥し、御相承を否定してしまいます。
後に過ちに気づいた山崎氏は、日顯上人に謝罪の上、法華講員として再び信仰することを許されます。

※最初のコメントで、異体字が混ざっており文字化けしてしまいました。失礼しました。

2020/8/25  0:26

投稿者:大沢克日子
山崎:(略)ですが池田大作は、この約束を反故にしました。その結果、批判派僧侶達に批判続行の口実を自ら与え、その中で、昭和五十三年九月に、''本尊模刻''が発覚し、収拾がつかない事態となったのです。
(略)
原島:池田大作は、昭和四十九年から五十二年にかけて、あちこちの会館・研修道場に、やたらと模刻本尊を置いたのです。
なぜ、このようなことをしだしたのか、山崎さんは御存知ですか。
山崎:(略)
この時は、池田大作が謝り、また、妙信講問題への対処もあって、日達上人はまず矛を収められたのですが、その後、特別財務で集めた金で、あちこちに会館や研修施設が建てられ、池田大作がそれらに安置する御本尊の下附を日達上人に願ったのですが、日達上人は、すでに池田大作の本心を見抜かれており、御本尊を下附しなかったのです。
つまり、''御供養''と称して集めた特別財務で作った会館に、御本尊を書写して下附されることは、''謗法''を容認したことになるからでしょう。
ところが池田大作は、会員や幹部達の手前、御本尊のない会館・研修道場を作るわけにはいかないので、「窮余の策」で、自前の本尊を作って安置することを思いついたのです。
その時の恨みも、昭和五十二年に宗門攻撃をする動機の一つになったのです。
(元創価学会教学部長・原島嵩、元創価学会顧問弁護士・山崎正友「懺悔滅罪のために!」より)

2020/8/24  23:54

投稿者:大沢克日子
その時、日達上人は、池田大作に
「牧口さんは立派な信者だった。戸田さんも飲んだくれで困るようだけれども信心は強かった。あなたも信心はあるでしょう。
だったら、種々、教義の違ったことや、あるいはお寺に行っちゃいけないと、日蓮正宗では成仏しないようなことを言いふらしておるのを、それを徹底してやめさせてくれればよろしいです。どうかあなたの意思を下の方まで徹底してもらいたい。それならば手を切るということはやめます」
と言われました。
池田大作は、
「必ず改めます。きちんと徹底させます」
「学会規則を改定して、日蓮正宗の管長を学会の名誉総裁にしたい」
などと言いましたが、後者については日達上人はきっぱりと断られました。
(略)
二月二十二日に行われた二回目の緊急代表者会議で、そのことについて日達上人は、
「私の建て前として、今まで学会と仲良くやってきた、今後も仲良く手を握って広宣流布に向かっていくということがよいけれども、それは建て前としては、そうでありたい。
しかし私の個人の心からいけば、それはどうしても、まずいことがあれば、いちいちケンカをしているよりも、いっそ別れて、自分らで小さくてもいいから、昔みたいに小さくなってもいいからやっていくと、そう心では思っている」
「一往ここで、こっちも手を引いて、そのかわり、この次は二、三年たって、また変な教義の間違いがあったら、どんどん皆、各寺でやってもらっていいんだ。そしてそれでもダメな時には今度はもう、それが最後と思ってもらえばいい。わしは覚悟しています」
と述べられました。

2020/8/24  23:50

投稿者:大沢克日子
前回のブログに、山崎正友さんの話が出てきました。
ちょうど手元にある、山崎正友さん(元創価学会顧問弁護士)と原島嵩さん(元創価学会教学部長)の対談を引用します。
正本堂について、池田名誉会長が「大聖人もなしえなかった、御遺命の戒壇建立を成し遂げた本仏を超えた存在」との野望を抱いたという話も出てきます。
今回の引用はかなりの長文になり恐縮ですが、浅井会長が後に顕正会の会館増設に際し、日蓮正宗に本来ないはずの「日布上人大幅御形木御本尊」を多数作り出したのは、創価学会の「本尊模刻事件」に触発されたのではないかとも、個人的には感じています。

山崎:この会議(※昭和53年2月9日御宗門の緊急代表者会議)の冒頭で、日達上人は、
「いかなる困難があろうとも、大聖人の仏法を守る宗門として、たとえ小さくなろうとも、どうあろうとも、これは真っ直ぐに切り抜いていかなきゃならん、という考えを持っています。それが本音です」
と、極めて率直に心境を述べられました。
日達上人が退席された後の会議では、
「創価学会は、日蓮正宗の信徒であるのだから、日蓮正宗の教義に従うのは当然であり、対等の宗教団体という立場で''協定を結ぶ''というのはおかしい」
といった正論が多数を占めました。
(略)
そして、「五箇条」には回答せず
一、今後、学会とやっていくにはどうしたらよいか
二、あるいは学会と別れてやっていくべきか
というアンケートを作り、全教師の意見を教区ごとに集めて、その結果を管長が宗会に提出して審議する、ということが決められたのです。

原島:タカをくくっていた池田大作にとって最悪の結果となり、絶体絶命の窮地に立たされたわけです。
池田大作は、慌て、うろたえました。
(略)
しかし、どうにもならないので、池田大作は二月十二日に急遽登山してお目通りし、
「手を切る云々のアンケートだけは止めてください。正宗が学会と手を切るということは、一千七百万人の学会員を地獄に落とすことになる。猊下の御慈悲で、学会員を地獄に落とさないでください」
と懇願しました。さらに十四日にも、重ねて登山・お目通りして、平身低頭、懇願しました。

2020/8/24  23:48

投稿者:大沢克日子
前回のブログに、山垣詰Г気鵑力辰サ个討C泙靴拭

2020/8/23  23:30

投稿者:大沢克日子
祖師より興師へ御付属亦是三大秘法なり。興師より目師へ御付属も亦是れなり。然れば興師御付属を受け玉ひて七ケ年の間身延に住持し玉へり、而るに彼の波木井の謗法によりて冨士の上野に至りて大石寺を建立し此に住せり九ケ年。重須に隠居したまひ則ち日目上人に御付属之れ有り、御正筆今に在り。目師より代々今に於て、廿四代金口の相承と申して一器の水を一器に瀉すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり。
三大秘法惣在の本尊大石寺に在る事 未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊存する上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則は本門の題目なり。志有らん者は登山して拝したまへ。
(本山二十六世日寛上人記 寿量品談義 富士宗学要集第十巻131頁)

一には初の如来滅後等の九字は、即ち正像未弘の法を顕すなり。次に観心とは、即ち是れ本門の題目なり。次に本尊とは、即ち是れ人法一体の本尊なり。此の本尊の所居の処は、即ち是れ戒壇なり。故に知んぬ、此の本尊抄亦正像未弘の三大秘法抄とも名くるなり。
(本山三十一世日因上人記 観心本尊抄首日相聞書 同11頁)

煩悩業苦の三道即法身般若解脱の三徳と顕るる故に此本尊即道場なり。
(中略)
此妙法蓮華経の本尊に此三箇の大法を具足す、此義を顕さんとして曼荼羅と題したまふなり、一には三を具す証、板御本尊是なり云云。
(本山二十六世日寛上人記 妙法曼荼羅供養抄談義 同72頁)

2020/8/23  23:28

投稿者:大沢克日子
>「正本堂が事の戒壇、本門寺の戒壇と称して何の不思議があるのでありましょうか」
>何しろ正本堂は広宣流布の暁には本門寺の戒壇となるべき大殿堂なのであるから、そうした訓諭の延長線上の発言としてはわりと当たり前のことを述べているに過ぎない。

現時における事の戒壇とは本門戒壇本尊所住の処即ち事の戒壇の意である。その事壇と一期弘法抄、三大秘法抄の事壇とは意義において当然相通じている。三大秘法抄に「今日蓮が所行乃至事の三大事」と仰せたまう大聖人の御魂魄たる本門戒壇の大御本尊がおわしますところ法体の事の戒壇であり、一期弘法抄、三大秘法抄等は事相の事の戒壇である。法体の事なくして広布の暁の事相の事壇はありえない。また事相の事壇がいかに高広厳飾を極めつゝもその根本は法体の事に由来する外の何物でもない。いま戒壇の本尊の御威光益々光顕して数百万の民衆の正法帰依と不惜身命の信行あってまさに事相の戒壇の実現を望むの感ある時、正本堂の建立寄進となる。従って正本堂はまさに一期弘法抄の戒壇の意義を含んで未来の広布にのぞむ現時の本門事の戒壇というべきである。
(「元妙信講問題について」73頁・「第一回正本堂建設委員会 猊下御言葉の要旨拝考」昭和四十七年三月二十六日 宗務院教学部)

「法体の事なくして広布の暁の事相の事壇はありえない」・「事相の事壇(略)その根本は法体の事に由来する外の何物でもない。」

日達上人様はこの事を再三再四御指南遊ばされています。
大石寺において、三大秘法も六大秘法もその根源は一大秘法たる御戒壇様にあります。
正本堂も消失し、池田名誉会長も事実上、歴史上の人物になりつつある今こそ、顕正会(浅井会長)は日達上人が仰せになった御指南を、曲げずに謙虚に受け止めるべきでしょう。

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