2020/10/24

ヒキダシ  
妙信講が北朝鮮への帰還事業に賛成していたか否かはまったく知らない。ゆえにこれ以上は何も言うべきではないのだが、あえて思うところを述べておこう。

浅井先生はそれほどヒキダシの多い人ではない。若い頃は御書しか読んでいなかったみたいなことを言っていたし、今も基本的には仏法の話題を中心に講演している。そこに巨大地震だとか経済崩壊などの話題を挟み込むのは、それが仏法に関連する事案だからである。ゆえに些末な政治案件については言及しないし、言及するほどの知識もないのだろう。

十一月一日に大阪で住民投票が行なわれるそうである。これはいわゆる大阪都構想と呼ばれる案件であるが、おそらく浅井先生にとってはそれほど興味関心がないものと思われる。ゆえにまったく言及しないで終わるかもしれない。実際には一地方自治体だけの問題ではなく国政にも影響を与えるような重要な事案ではあるのだが、しょせん浅井先生のキャパシティには限界があるわけで、たぶん今から付け焼刃で勉強しても間に合わないだろう。

ところで、創価学会と共産党の関係、もしくは公明党と共産党の関係については、言わずもがなのことである。ゆえにお互いにアラサガシをして、ああだこうだと言い合っている。それだけのことである。

さて、顕正新聞の続きである。

大師子吼

第二十九男子部長(中国地方)の発言である。これも繰り返し言ってきたことだが、浅井先生の発言をダイシシクと表現するのはよろしくない。もし自分が浅井先生の立場であれば、禁止すると思う。逆に言うと、浅井先生はこれを容認しているわけであり、言われて気持ちよくなっているのかもしれない。これがいかに異常であるか、気がつかないところが恐ろしい。

ブランド米で全国トップクラスの評価
 コロナの中、65歳で県職員に採用の功徳


男子部第三十七隊支隊副長(鳥取)の記事にはご覧の見出しが付いている。通常、公務員はもっと手前で定年を迎える。今の時代、定年後をどうするかが悩みどころのはずであるが、なんと登壇者は六十五歳で県職員に採用されたそうである。

それはともかく、彼は兼業農家としてブランド米を栽培している。その評価が高いのも凄いことではあるが、しかし、次のくだりはどうかと思った。

 御奉公を優先するため、時には雑草処理が間に合わず伸び放題になり、周囲の農家から「虫が寄ってきて困る」等の苦情を受けることも多々ありますが、

続きが問題である。

その都度、同業者に広告文を広げつつ仏法の大事を語り、悪口中傷にも怯むことなく大確信で折伏を進めております。

社会常識を逸脱している。周囲では虫が寄ってきて困っている。その原因は彼にある。ところがその問題には対処せず、逆に折伏しているらしいのだ。そんな非常識な人間がよく県職員に採用されたものである。

女子部第三百三区総班長(広島)は次のように発表している。

入信勤行こそ叶いませんでしたが、最後、臨終に間に合って、大聖人様に帰依できた・・・

父親のことである。少し前には、入信は叶ったものの葬儀は他宗で行なった、という話があった。今回は逆のパターンで、葬儀は顕正会で行なったそうである。わたくしはどちらが良いとか悪いとか言いたいのではない。ただ今回の例を拡大解釈していけば、やがては入信勤行すらも省略できるようになる。極端な話、諫暁書を受け取っただけで入信にカウントされる。それでいつかは広宣流布の達成を宣言できる。しかし、それは偽りの広宣流布であって、仏国の実現は無理である。記事の内容からはかなり飛躍してしまったが、思うところをそのまま述べさせていただいた。

横浜アリーナ大総会において「二十万総登山」を大師子吼された・・・


副総男子部長の発言である。この人は当時、まだ顕正会員ではなかった。しかし、確か今現在は副理事長の肩書きを併せ持っているはずで、ようは実力者なのだろう。

それはさておき、ここでも大師子吼が問題である。

今は記憶だけで恐縮だが、少なくとも当時はせいぜいが師子吼であって大を冠することはなかったはずである。つまり、彼は今現在のトレンドに合わせて言っているわけなのだろう。浅井先生の神格化がどのように進捗してきたのか、その詳細なる検証は困難だが、ここに一つの見逃せないポイントがあると思う。ざっくり言えば、平成の初期はそれほどでもなかった。おそらくは明確なターニングポイントがあるのではなく、この平成の三十年間で徐々に醸成されていったものなのだろう。

こまめな水分補給で熱中症予防を
 命の危険を感じる酷暑を乗り切ろう


食は薬なり、というコラムである。かつてはかなりの高頻度で掲載されていたが、このところはほとんどお目に掛かれなかった。登壇記事の羅列ではなく、こうした記事も定期的に載せていくべきだろう。

(昌)

これが気になった。執筆者の記名と思われるが、まさか副総合婦人部長であろうか?

それともう一つ書いておくと、当該号は八月二十五日号なのである。やや遅きに失した感が拭えないところだ。

優雅に咲くユリの花

本部庭園の池には銀色の鯉も


先日、本部庭園の四季について指摘した。文章は素晴らしいが写真はダメだと。

ところがである。今回の写真は相当にレベルが高い。今後もこのクオリティを維持してほしいものである。

2020/10/31  9:57

投稿者:沖浦克治
 池田先生更に言われました。

 『最も偉大で最も地道なもの、それは太陽です。 
 太陽は、常に変わらず、東から登り西に沈んで行きま
す。
 雨が降ろうが嵐が吹こうが動乱があろうが戦争があろ
うが、全く変わらないで朝日に始まって、夕日となって
荘厳に終わって行きます。
 そして全人類に大きな恩恵をもたらしています。
 風が吹いた、雲が動いた、これは有名人みたいなもの
です。 
 自分では言い格好かも知れないが、人類に恩恵を与え
たかとなると次元が違います。
 皆様方は、創価学会の中にあっては大ブロック長(現
在の地区部長)さんと言う末端のご存在であられるかも
知れません、御尊敬申し上げます、又申し訳ない気持ち
であります。
 ですが、ここに山田さんと言う大ブロック長さんがお
られるなら、それは山田仏教学校です、山田仏法塾で
す。
 そして山田仏教学校、山田仏法塾の塾長さん校長先生
であられる。
 その塾は、学校は、小さくとも成仏のための学校で
す。
 何人の人を自分は成仏させてあげようか、何人の人を
幸せにしてあげようか?
 人数ではありません。
 万一不幸にして塾長さんが亡くなられた、ごめんなさ
いね変な喩えで、その時、この人には自分は本当にお世
話になった。として遠くから駆けつけて下さる人を持つ
か持たないかは、人生における重大な問題なのです。
 よく、海外の指導へ行った、あの人は素晴らしいなど
と見がちですが、人生の幸不幸と言うものはそんなもの
ではありません。
 やはり皆様方のように、日が昇り日が沈むように地道
な人生を生きた人こそが、どんな小さい存在であったと
しても、勝利の人であり、栄光勝利の人生なのです。』
(主意)

★松下村塾の話も出て来ますが略しました・・・

 これが創価の人間革命の大舞台です。
 隋力演説です。

 ワクワクして来ませんか??

2020/10/31  9:56

投稿者:沖浦克治
 講義
 困難な語句が沢山出て来て暗号のようですね。 
 ですが、言っている事は簡単です。
 これまで説かれたすべての経(仏教以外も含みます)
は人類を
南無妙法蓮華経へ誘因するためのものだと説かれていま
す。 
 そして、全宇宙を南無妙法蓮華経の法則が貫いてい
て、唯一つの例外も無いとあります。
 私共は、あの人には信心して欲しくない・・・
 等と思う事もありますが、それはこのご文からすると
大きな謗法となります。
 一切衆生が久遠の南無妙法蓮華経如来だとあるのです
から、それを素直に信受出来るか否か?
 人生の分かれ目、人間革命への分岐点です。
 御書にはそれが書かれています。

 『しかれども人のつかひに三人あり、一人はきわめて
こざかしき、一人ははかなくもなし又こざかしからず、
一人はきわめてはかなくたしかなる、此の三人に第一は
あやまちなし、第二は第一ほどこそなけれどもすこしこ
ざかしきゆへに主の御ことばに私の言をそうるゆへに第
一のわるきつかいとなる、第三はきわめてはかなくある
ゆへに私の言をまじへずきわめて正直なるゆへに主の言
ばをたがへず、第二よりもよき事にて候あやまつて第一
にもすぐれて候なり、』(衆生身心御書)

 仏法を弘める人には3っつの種類があって、1人は極
めて賢い、1人は愚かでもなく賢くもない、1人は極め
て愚かである事が確実な人。
 この3人を比較すると、最初の人は過失いが無いが、
次の人は最初の人程ではないが賢い所もあるので、仏の
言葉を自分の浅智慧で判断して取捨選択をしてしまい、
最もダメな行者となってしまう。
 3人目の人は、極めて愚かなので、自分の判断を挟ま
ず仏語をそのまま受け入れ、極めて正直な行動しかしな
いので、2番目は言うに及ばず、時には最初の人より優
れる事もあります。

 池田先生が言われます、愚直な実践。
 この愚の意味はバカとは異なります。
 一旦価値判断をしたら揺るがない。
 この人を縁に振り回されず、他人に影響を与える事が
出来る人と言います。
 自身が決めた価値観の人生を愚直に歩む。

2020/10/31  9:55

投稿者:沖浦克治
 一は究竟、切を広博と釈し、智を寂(覚り)そして常
照と言い、地は無住之本(全てを育む源)と解説してい
ます。
 そして、凡有所説は約教(経による浅深)を指してい
て、皆令衆生は教えを学ぶ人々の機縁(それぞれの立
場)を納め言葉なのです。
 十界の衆生(あらゆる立場の人々)を指して切(一
切)と言い、凡有所説を指して、究竟非二故名一也(全
ての人々の機根なわせて説かれた様々な経全てが法華経
に帰入する)と説いているのです。一とは三千大千世界
十方法界(全宇宙の生命の広がりとその環境)を言いま
す。
 其の上に人畜等とあるのが地です。妙楽の法華文句記
の七には、切を衆に読むとありますので、一切の二字に
法界(全ての社会)を表現し尽しています。
 諸法(社会の全ての事)は切であって、実相(南無妙
法蓮華経)が一です。
 要するに、法界実相の妙体照而常寂の一理(全ての現
象は南無妙法蓮華経の法則に従っている事)で、十界三
千(全ての社会現象も一法性(南無妙法蓮華経の法則に
従っている〜因果の理法と言います)から外れて存在す
る事は無いので、ここを一と説いているのです。
 そして三千の諸法の己己(それぞれが)南無妙法蓮華
経の法則に従っている事が切の義です。
 然らば一は妙切は法(妙法を示して)いるのです。
 妙法の二字が一切の二字なのです。
 無住之本は妙の徳であって、立一切法は法の徳となり
ます。
 一切智地とは南無妙法蓮華経の事ですから、一切智地
即一念三千なのです。
 今末法に入つて一切智地を弘通する者は日蓮等の類い
です。
 然るに一とは一念で切とは三千です。
 一心より松よ桜よと起る現象を(一つの心から松だと
か桜とかの思いが生じる)切と言います。
 これは心法(心の法則)に約した義です。
 色法(身体)にあっては手足等は切なのです。
 身体を色々の器官が集合して人体となしている事が、
一切と言います。
 結論として、色心の二法一切智地(一切の智慧を包含
する)であって、南無妙法蓮華経なのです。

2020/10/31  9:53

投稿者:沖浦克治
 通解
 一皆悉到於一切智地の事 (かいしつとう お. いっ
さい ち じ)
 大聖人は言われました。
 一切智地(全ての智慧を備えた大地)とは法華経の事
です。
 譬えば三千大千世界(全ての宇宙で衆生が住む所)の
土地、草木、人、、畜、等が全て大地によって生活を営
むのとおなじです。
 八万法蔵十二部経(釈迦が説いた問言われる全ての経
は)全てが法華に人々を帰入させるためのものであっ
て、皆悉の二字は善人も悪人も迷いの人もも悟りの人
も、一切衆生の悪業も善業もその外、薬師、如来、大日
如来、阿弥陀如来、並びに地蔵菩薩、観音、菩薩、空間
的には十方(四方八方に上下)堅(時間軸)に三世(過
去現在未来)があるが、それらを全て含めてその中で登
場している諸仏の具徳(備える徳)諸菩薩の行徳(行い
による徳)等を全て網羅して十界の衆生(一切衆生)の
善悪業作等(善悪の行い、全ての仕業)の事を皆悉と説
いているのです。
 この皆悉を法華経に帰入せしむめるものが、一切智地
の法華経と言うのです。
 ですから、法華文句の七には、皆悉到於一切智地と
は、地とは南無妙法蓮華経で、究竟(融合)して二に非
(別々ではない)ので一と名づけています。その本質は
広博(広く深い)であるから、名づけて切(一切)とし
てあります。寂(仏道の修行により、生死を超越した悟
りの境地に入ること〜入寂)であって常照(常に全てを
明らかに照らしている)ので、智と名付けてあるので
す。
 無住の本より(空の事)から一切の法を立するので、
名づけて地と言います
 これが法華経が円教(法華経には欠けた所が無く円で
ある)である所以です。
 所説が経文にあるのは機根の異なる一切衆生を仏の智
地に到らしむためとあります。
 この釈は一切智地の四字を委しく説明しています。

2020/10/31  9:50

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 『一皆悉到於一切智地の事 仰に云く一切智地と云う
は法華経なり、譬えば三千大千世界の土地草木人畜等皆
大地に備りたるが如くなり、八万法蔵十二部経悉く法華
に帰入せしむるなり、皆悉の二字をば善人も悪人も迷も
悟も一切衆生の悪業も善業も其の外薬師大日弥陀並びに
地蔵観音横に十方堅に三世有りとある諸仏の具徳諸菩薩
の行徳惣じて十界の衆生の善悪業作等を皆悉と説けり、
是を法華経に帰入せしむるを一切智地の法華経と申すな
り、されば文句の七に云く皆悉到於一切智地とは、地と
は実相なり、究竟して二に非ず故に一と名くるなり、其
の性広博なり、故に名けて切と為す、寂にして常照な
り、故に名けて智と為す、無住の本より一切の法を立
す、故に名けて地と為す、此れ円教の実説なり、凡そ所
説有るは皆衆生をして此の智地に到らしむ云云、此の釈
は一切智地の四字を委しく判ぜり、一をば究竟と云い切
をば広博と釈し智をば寂而常照と云い地をば無住之本と
判ぜり、然るに凡有所説は約教を指し皆令衆生は機縁を
納るるなり、十界の衆生を指して切と云い凡有所説を指
して、究竟非二故名一也と云えり、一とは三千大千世界
十方法界を云うなり、其の上に人畜等あるは地なり、記
の七に云く、切を衆に訓ずと文、仍つて一切の二字に法
界を尽せり、諸法は切なり実相は一なり、所詮法界実相
の妙体照而常寂の一理にして十界三千一法性に非ずと云
う事なし是を一と説くなり、さて三千の諸法の己己に本
分なれば切の義なり、然らば一は妙切は法なり、妙法の
二字一切の二字なり、無住之本は妙の徳立一切法は法の
徳なり、一切智地とは南無妙法蓮華経是なり一切智地即
一念三千なり、今末法に入つて一切智地を弘通するは日
蓮等の類い是なり、然るに一とは一念なり切とは三千な
り、一心より松よ桜よと起るは切なり、是は心法に約す
る義なり、色法にては手足等は切なり、一身なるは一切
なり、所詮色心の二法一切智地にして南無妙法蓮華経な
り云云。』

2020/10/30  20:47

投稿者:ダイアリー
5 :沖浦克治:2008/09/22(月) 06:18:40 ID:AJ3hr85o0
 2ちゃんねるで、中毒になる可能性がある。とのご指摘をうけました。

 中毒にならなければいいですね。
 最近ナイフで凶悪な事件が多い、だからナイフが悪だ。と、言うようなものです。
 現実に存在し、大衆が書き込みロムする2ちゃんねる。
 そこに切り込むのが仏法者です。

 本物の宗教はね、社会の底辺に食い込んで広がるのです。
 坂の下からなんですよ。
 小松川植物園から広がってこその民衆仏法です。
 そこに切り込めないものは臆病者の身子なんですよ。

 私が入会したころ、創価学会は貧乏人と病人の集まりだ。と馬鹿にされていましたし、事実がその通りでし
た。
 だからここまでになったんです。

 ところが今、ほとんどの人たちがこの創価の誇りの原点を忘れている。
 私共はね、革命児なんです、地涌の菩薩なんですよ。
 妙法のチェ・ゲバラなんです。
 住むべき場所は社会の底辺なんです。
 そこが本地です。
 いくら境涯がよくなって金持ちでいい家に住んでいい暮らししても、そんなものは所詮現世の幻です。
 本地は社会の底辺にあるんです。
 革命児とは、そのような種類の人間ですよ。

 ゲバラは、キューバ革命の功労者でした。
 他国で処刑されて権力とは無縁に死んでいったでしょう。
 あれでいいんですよ。
 ゲバラの死後、あるバイクライダーがカストロとあったそうです。

 バイクで世界を回っています。
 いいなー、チェも、若いころはバイクに乗っていたんだ。

 カストロの目が遠くを見つめた。
 その人が書いています。

 2ちゃんねるは、欲望とエゴが渦巻くところです。
 革命児の死に所なんですよ。

https://megalodon.jp/2009-1008-0227-24/jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/9645/1222001873/

2020/10/30  20:43

投稿者:沖浦克治
 名無しさん、今晩は。

 私が病気欠勤中にスキー大会へ出て職を失ったのは事
実ですよ。
 一度も否定したことはありません。
 私が警告している事をよく理解して下さい。
 私が万一殺人犯であったとしても、その人を憎んだり
軽んじてはいけないと御書にあるのです。
 既に何度も何度も引用しています。

 『又云く「若し復是の経典を受持する者を見て其の過
悪を出せば若しは実にもあれ若しは不実にもあれ此の人
現世に白癩の病を得ん」等云云、』(開目抄下)

 更にあります。

 『高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人
に軽易せられん形状端厳をそしれば醜陋の報いを得人の
衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる持戒尊貴を笑へば貧
賎の家に生ず正法の家をそしれば邪見の家に生ず善戒を
笑へば国土の民となり王難に遇ふ是は常の因果の定れる
法なり、』(佐渡御書)

 この因果の理法からは誰人も逃れる事は不可能です。
 そして、法華経の行者と言うのは、一切衆生の事で
す。
 今どういう宗教をしているかは無関係です。
 ここに日蓮正宗の方々は迷いがあります。
 
 あいつは日蓮正宗で無いからいくら軽んじても怨嫉方
法にはならない・・・・

 これは大いなる間違いです。
 開目抄にあります。

 『一以本願故説三乗法の事 仰に云く此の経文は身子
尊者成道の国離垢世界にて三乗の法は悪世には非ず、然
りと雖も身子本願の故に説くと云えり、其の本願と云う
は身子菩薩の行を立てしに乞眼の婆羅門に眼を抉じられ
て、其の時菩薩の行を退転したり』(御講聞書)

 貴方も折角私と同じご本尊に同じお題目を唱えている
のです。
 怨嫉謗法さえ慎むなら素晴らしい功徳が出ます。
 しかし、現在はそのお題目を台無しにしています。

 『何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にを
つべし、うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し、
毒気深入失本心故は是なり、』(曾谷殿御返事)

 今の状態は勿体ないですね。

2020/10/30  19:13

投稿者:名無し
>>怨嫉謗法は絶対にダメなのです。

私の発言に嘘偽り事実誤認があるなら認めますが
新聞にまで載った記事が事実ではないのですか??
事実であるのであれば過去の過ちを弄られたくないなら
過ちなんて起こすなよって話ww

2020/10/30  19:00

投稿者:ダイアリー
>私が日興さんを習い損ないと断じるのは、彼の以下の
文です。
 
★一、若輩為りと雖も高位の檀那自り末座に居る可から
ざる事。

 諸意見はあるでしょうが、私はこの文言から習い損な
いと断じます。

https://6027.teacup.com/situation/bbs/126598

沖浦さん、↑これは事実なんですか?

2020/10/30  18:59

投稿者:ダイアリー
>仏法を不可思議な法として庶民から遠ざけ、僧侶によ
る身分社会を作って信徒を支配する。
 
どこの誰が、仏法を不可思議な法として庶民から遠ざけ
たんですか(笑)?ww

「僧侶による身分社会を作って信徒を支配する」
だとしたら、
「役職による身分社会を作って会員を支配する」
このように言い換えられるんじゃないですか?

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