2020/11/29

ホオズキ  
沖浦氏は相変わらずのオッチョコチョイである。

2020/11/27 12:56
投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、

 ご指摘に感謝申し上げます。
 ですが、当体義抄は以下になっています。

 『然るに此の釈の意は法華の因果具足の道に対して方便道を次第行と云う故に爾前の円・爾前の諸大乗経並びに頓漸大小の諸経なり』(当体義抄)

 因果具足とありますが、因果俱時ではありません。
 意味も少し異なります。


顕正会の幹部だったら言うだろう。では、もし御書の中にインガグジがあったらどうする、どう責任を取るんだ! と。

今一度、創価学会の公式サイトで検索してみるべきである。少なくともわたくしのパソコンではちゃんと表示されるので、おそらくは沖浦氏の調べ方が悪いのだろう。

ついでにもう一つ指摘しておく。

★義遮悪持善(ぎしゃあくじぜん)〜仮の教えを遮って正しい善の教えを持との意味。

これは何だろう、自分で考えて書いているのか、それとも何かを参考にしているのか・・・

余計なことを書いておくと、おそらく創価学会員の中には御書の全文読破に挑戦して挫折した人がたくさんいるに違いない。もし再挑戦を考えている人がいるならば、コッソリと大石寺の平成新編を購入して、それで挑戦してみるといいだろう。次にわかりやすい比較を載せておく。

所詮法華折伏破権門理の義、遮悪持善の義なり

所詮法華折伏破権門理の義遮悪持善の義なり

わずかな差であるが、この差が大きいのだ。沖浦氏のような間違いは起こらない。もちろん上段が大石寺版である。

さて、今日も顕正新聞の記事をいくつか紹介したい。

スマホを母の耳元に置いてもらい、三〇分間、娘とともに唱題回向することができました。

女子部第七十一区総班副長(首都圏)が九十二歳になる母親の臨終を伝えている。遠隔地であることとコロナの影響で、臨終には立ち会えなかったらしい。さらには信心に反対する兄の妨害もあって、葬儀にも出られなかったようである。

 土地柄、葬儀の前に火葬を行うのですが・・・

以前にも似たような話があった。地域の風習で云々という話なのだが、詳細は忘れてしまった。その時、確か儀礼室の人が風習に違うような指示を出したのだったと思う。それに対してわたくしは疑問を呈した。たぶん過去の拙稿を調べれば出てくるはずだが、面倒臭いのでやめておこう。今回の記事はスマホで遺体に題目を聴かせるところが新しい。もっともスマホじゃなくても固定電話でも同じだが・・・

 ジャングルはスコールが降るので飲み水はありましたが、きれいな水はミサイルの猛毒物質が混ざっていて危険と言われ、ボウフラの湧いた水を飲んでおりました。

八十歳の男性婦人部員が語る戦争体験である。とは言え、漠然と読んでいると気がつかないことがある。彼はまだ子供だったはずなので、まさか戦地に行くことはないはずなのだ。つまり、母親がフィリピンに移住していて、彼はそこで生まれ育ったのである。不勉強のわたくしは米軍がフィリピンを攻撃した事実を知らないが、彼の証言が正しければ相当なものだったらしい。

空腹のあまり草を口にした人が次々と亡くなる光景・・・

これもよくわからない。米軍が猛毒の入った爆弾を投下して汚染されたのだろうか?

つまらぬアゲアシ取りをすれば、だったらボウフラの湧いた水にも同じく汚染物質が入っているだろうと一瞬は思ったのだが、もしかしたらボウフラが湧くということが猛毒が入っていない証拠なのかもしれないと思い直した。実に凄まじい状況である。

いずれにしても彼らが先の戦争を知る最後の世代であり、いずれは戦争を語れる人間がいなくなってしまう。それが今の日本の状況なのだ。

次は婦人部鳥取支区班長(鳥取)の記事である。

 その日から母と私は病院に泊まって・・・

八十三歳の祖母を看取ったという。八月十七日に容体が急変し、臨終を迎えたのは二十一日の深夜だそうである。立派な振る舞いと思う。

鬼灯色

不勉強のわたくしはこれが読めなかった。ルビがなかったらトンチンカンな読み方をしていただろう。

わずか八千の講中が八百万の学会員を率いる勢威に立ち向かい・・・

婦人部広島支区組長(広島)の記事にも読めない字があった。

勢威

セイイだろうことはわかるものの、わたくし的にはあまり馴染みのない語彙だった。顕正会の書籍に出てくるのだろうか?

「一千万もらっても別れない」

夫のセリフだそうである。いわゆるDVの一例であるが、何とも悩ましい話である。

最後は男子部第五十九隊組長(宮城)である。

 このたび内縁の妻である〇〇総班副長の臨終の姿を通し・・・

入籍しなかった理由は不明である。ともかく顕正会の中ではめずらしいケースだと思う。

2020/12/3  8:13

投稿者:沖浦克治
 次に、悪世末法時能持是経者人、に付いてです。

 『かかる持ちやすく行じやすき法にて候を末代悪世の
一切衆生のために説きをかせ給いて候、経文に云く「於
末法中・於後末世法欲滅時・受持読誦・悪世末法時・能
持是経者・後五百歳中広宣流布」と、此れ等の文の心は
当時末法の代には法華経を持ち信ずべきよしを説かれて
候、かかる明文を学しあやまりて日本.漢土・天竺の謗
法の学匠達皆念仏者・真言.禅・律の小乗・権教には随
い行じて法華経を捨てはて候ぬ、』(妙法尼御前ご返
事)

 お題目程簡単なものはありません。
 ですが、学者や学匠たちはそれを弘めないで、ややこ
しい法を弘めたとあります。
 ここは大事です。
 法を教えるとか、儀式に使って生活する人達には、法
は簡単に誰でもが出来るものは困るのです。

 エブリワンズビジネスイズ・ノーワンズビジネス。

 英語の諺ですが、誰にでも出来る仕事では誰も生活出
来ないと訳します。
 お題目教えて、教えて、生活出来ますか??
 無理ですね。
 一回南無妙法蓮華経を唱えさせたら、その場で誰でも
覚えてしまいます。 
 これが般若心経なら簡単には覚えられません。

 ですから、そこは少しゆっくりと、そこは強くとか、
そこで息継ぎして・・・・・・・

 先生できますね。
 それで長年生活して来たのが日本の僧侶です。
 東南アジアで、私の父は僧侶です、等と言うとびっく
りされます。
 僧は家庭持ちませんし、妻帯肉食致しませんしお酒も
ダメです。
 所が日本では全て許されていて、在家と出家の差は、
袈裟着て頭丸めているだけです。
 チンドン屋さんや舞台俳優と同じです。
 ですから、現在日本には仏法上の出家はいません。
 その是非は置きますが、これが事実です。
 故に、創価学会が始めた友人葬が、家族葬として広く
社会に定着し始めているのです。

 悪世末法時能持是経者とは、創価学会員を示す言葉
で、能の一字は、創価学会仏出現への預言と拝します。

2020/12/3  8:11

投稿者:沖浦克治
 講義

 末法とは、釈迦滅後2000年が経過した後の時代
(異説あり)ですが、その時は南無妙法蓮華経を直接唱
え弘めよとの仰せです。
 何度も出て来ましたが、爾前経や仏教以外の教えでも
覚った人がいたとありました。
 代表が釈迦。
 釈迦以前は仏教はありませんから、必然的にそうなり
ますね。
 そして、全ての覚りは南無妙法蓮華経だとあります。
 少し詳しく書くなら、全ての修行が最高に上手く行く
と、修行者は、
この宇宙は南無妙法蓮華経と言う法則で秩序が保たれて
いる!!
 と覚ります。
 その瞬間から、その修行者は南無妙法蓮華経を唱えま
す。
 すると仏としての資格を得ます。
 等覚一転名字妙覚、と言いますが、ここでは語句には
触れません。
 末法は、既に釈迦が法華経を説き、天台がまとめて系
統だった教えにし、伝教はそれを弘めて比叡山に迹門の
戒壇を建立しました。
 これ等の方々は、当然心中ではお題目を唱えていま
す。
 ガンジーもそうでした。
 既にお題目があるのですから、凄い遠回りするより直
接唱える法が桁違いに効率に優れます。
 直達正観と言います。

2020/12/3  8:09

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 『一題目の五字末法に限つて持つ可きの事 仰に云く
経に云く、悪世末法時能持是経者文、此の経とは題目の
五字なり、能の一字に心を留めて之れを案ずべし云云、
末代悪世日本国の一切衆生に持てと云う経文なり云
云。』

 通解
 一題目の五字末法に限つて持つ可きの事 
 大聖人は言われました。
 悪世末法時能持是経者文、此の経とは題目の五字なの
です。
★悪世末法時能持是経者(あくせまっぽうじのうじしき
ょうしゃ)〜悪世である末法においてよくお題目を持つ
人の事。
 この、能の一字に心を留めて之れを案しなければなり
ません。
 末代悪世日本国の一切衆生に南無妙法蓮華経を持てと
云う経文なのです。

2020/12/2  8:27

投稿者:沖浦克治
 私の検索では、秘す可しは23回ヒット致します。
 これを悪用して来たのが日蓮正宗の僧ですね。

 秘密の法が隠されていて、高位の僧でなければ知る由
もない・・・

 馬鹿げたお話ですね。

 仏法には教師の握り拳などない!!!

 釈迦が涅槃経で断言しています。
 日蓮仏法に秘密などありません。
 一切衆生は本来久遠の南無妙法蓮華経如来!!!!!
 これがあるだけです。
 後は全てその説明文です。

 『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆
生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る
処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟
子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり、』(生死
一大事血脈抄)

 自分も、久遠の南無妙法蓮華経如来も、唱える南無妙
法蓮華経も、全て全く同じなのだと決めてお題目を唱え
る事だけが法華経を持つと書いてあります。
 これが日蓮の弟子旦那の肝要だとキチンと明記してあ
りますね。
 所が、日蓮正宗と言う宗派は言うのですよ。

 これは文上であって、その底には更に奥深い法門の奥
義が秘めてあるのだ〜〜!!!

 そう言うものはありません!!!!!!
 釈迦が断言しています。
 更に御書には、

 『人のものををしふると申すは車のおもけれども油を
ぬりてまわりふねを水にうかべてゆきやすきやうにをし
へ候なり、仏になりやすき事は別のやう候はず、』(上
野殿御返事)

 仏法を衆生に教える事は、車が重たければ油を差して
軽くし、船を水に受けべて動きやすくする事と同じだ。
 書いてあるじゃないですか。

 ご法主上人猊下様のご内証が〜〜〜〜!!
 嫡々一人の血脈が〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 等は日蓮仏法には存在致しません。
 このご文はそれを示唆すると拝します。
 私共は雑音に耳を貸さないで、創価人の誇りを持って
生きて参りましょう!!

2020/12/2  8:25

投稿者:沖浦克治
 講義

 法華経以外の経では、覚りを得る事は極めて困難であ
る事が書かれています。
 これは常に書いてある事ですから、そのまま拝すると
良いと思います。
 私が大事だと拝するのは以下のご文です。

 『末法に入つて此の経文を出ださん人は有る可からざ
るなり慥に塔中相承の秘文なり下種の証文秘す可し云
云。』

 南無妙法蓮華経は大聖人が最初ではありません。
 天台も伝教も唱えています。
 出さん人とは化他だと拝しますが、するとこの文には
矛盾があります。
 下種の証文は南無妙法蓮華経ですが、それを秘すべし
と仰せです。
 これをそのまま読むと化他になりませんね。
 ですからこの場合、一切衆生が本来南無妙法蓮華経如
来である事を秘すとの拝し方を致します。
 大聖人の時代、衆生は下、仏は上の位置関係が常識で
す。
 そこに、この価値観を持ち込むと社会は大混乱を起こ
すでしょう。
 その意味からの秘すべしでしょう。

2020/12/2  8:23

投稿者:沖浦克治
 通解

 一題目の五字を以て下種の証文と為すべき事 
 大聖人はいわれました。
 法華経如来神力品には教無量菩薩畢竟住一乗の文があ
ります。
★教無量菩薩畢竟住一乗(きょうむりょうぼさつくきょ
うじゅういちじょう)〜法華経の精神に基づく菩薩と言
う人材を育成し、人類の幸福と世界の平和を実現する
意。
 〜引用終わり〜
 妙楽大師はこの文をを、余教を以て成仏の種となさな
いと書いております。
 無量の菩薩とは、日本国の一切衆生を菩薩となしてて
題目を教える事で、畢竟とは題目の五字に畢竟する事で
す。
 住一乗とは乗此宝乗直至道場是なりと文にあります。
★乗此宝乗直至道場(じょうしほうじょうちょくしどう
じょう)〜この宝(南無妙法蓮華経)に乗りて、直ちに
道場(覚り)に至らしむとの意。
 〜引用終わり〜
 下種とはたねを下すことで、種子とは成仏の種である
南無妙法蓮華経です。
 上の経文にある、教無量菩薩の教の一字は、下種の証
文なのです。
 教とは題目を授くる時の事を示します。
 権教無得道法華得道と教える事を下種と言うのです。
★権教無得道法華得道(ごんきょうむとくどうほっけと
くどう)〜法華経以外の教えでは覚る事が出来ないとの
意。
 末法に入つて此の経文を弘めた人は無かったのです。
 慥に塔中相承の秘文なので、下種の証文は秘す可しで
す。

2020/12/2  8:22

投稿者:沖浦克治
 巖虎さん、皆様おはようございます。

『一題目の五字を以て下種の証文と為すべき事 仰に云
く経に云く教無量菩薩畢竟住一乗文、妙楽大師の云く余
教を以て種と為さず文、無量の菩薩とは日本国の一切衆
生を菩薩と開会して題目を教えたり、畢竟とは題目の五
字に畢竟するなり住一乗とは乗此宝乗直至道場是なり
文、下種とはたねを下すなり種子とは成仏の種の事な
り、上の経文に教無量菩薩の教の一字は下種の証文なり
教とは題目を授くる時の事なり、権教無得道法華得道と
教うるを下種とは云うなり、末法に入つて此の経文を出
ださん人は有る可からざるなり慥に塔中相承の秘文なり
下種の証文秘す可し云云。』
 

2020/12/1  8:06

投稿者:沖浦克治
 牧口先生が、創価教育学会を立ち上げられた時、日蓮
正宗は名前に難癖を付けました。

 創価教育学会の創の字は、キリスト教の創世記に通じ
るから止めろ!

 牧口先生は頑として譲られませんでした。
 創価という名称は不思議です。
 私は妙法の現代語だと拝しております。
 池田先生が言われました。
 
 『創価学会という名前は本当に不思議なのです。
 創価という言葉には、教育もある、文化もある、政治
もある、生活も社会もある。
 本当に不思議な名前なのです。』(主意)

 私共が、普通に信心をして、普通に御書や人間革命を
学び、普通に聖教新聞の素晴らしい体験談を読んで感激
し、普通にその思いを口に出して弘める。
 創価の広宣流布の姿です。
 すると、極々自然に自分の中で閃いて覚りがありま
す。
 人間革命と申します。
 法華経以外の教えは劣っているからダメだ! 
 これは創価ではありません。
 只の独りよがりです。
 釈迦は仏法で覚っていませんし、大聖人もお題目なし
で覚っておられます。

 『其の上仏教已前は漢土の道士月支の外道儒教四韋陀
等を以て縁と為して正見に入る者之れ有り、』
 (如来滅後五五百歳始観心本尊抄)

 自分たちの宗教以外を低く見て接する事は、仏法者と
して最も慎むべき事です。
 私共は、創価人の誇りを持って、社会の灯台になって
行きましょう。
 

2020/12/1  8:04

投稿者:沖浦克治
 講義

 法華経は最高の教えですが、留まっている思想ではな
く、常に発達し向上する経なのです。
 最高という言葉には大きな落とし穴があります。
 最高だからこれ以上はないのだ!!
 これは大いなる過ちです。
 本種に迫る事は出来ますが、到達は出来ません。
 生命活動は研究出来ますが、命の研究は出来ません。
 実験の方法が無いからです。
 本種とは極めてアナログでしか理解出来ません。
 修行の結果、多くの思考の中から浮かびあがってくる
自分自身の観じる南無妙法蓮華経。
 人それぞれの覚りです。
 同一ではありません。
 謄という字はそれを表現していると拝します。
 浮かびあがって来るものです。
 教えてもらうものではありません。
 それを創価と言います。
 
 創価とは妙法です!!
 
 一切衆生が仏の当体だと言う最高の価値を、それぞれ
の人々の命の中に創り学ぶ会。
 創価とは価値創造であって、妙法の異名です。

2020/12/1  8:02

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

 12月となりました。
 寒く忙しくなりますので、皆様方にはご自愛下さいま
せ。

 『一華厳大日観経等の凡夫の得道の事 仰に云く彼等
の衆皆各各其の経経の得道に似たれども真実には法華の
得道なり、所謂三五下種の輩なり経に云く始見我身聞我
所説文、妙楽大師云く脱は現に在りと雖も具に本種を騰
ぐと云えり本種と云うは南無妙法蓮華経是なり云云。』
 通解
 一華厳大日観経等の凡夫の得道の事 
 大聖人は言われました。
 華厳経、大日経、観経などで覚った人もいますが、彼
等は真実には法華の得道なのです。
 三五下種の人々であって、経に云く始見我身聞我所説
文、
★三五下種〜三千塵点劫、五百塵点劫の時に法華経に結
縁した衆生に事。
★始見我身聞我所説文(しけんがしんもんがしょせつも
ん)〜はじめて自分が南無妙法蓮華経の当体だと知る
事。
 〜引用終わり〜
 妙楽大師は言っております。
 脱は現に在りと雖も具に本種を騰ぐ。
★雖脱在現具謄本種(すいだつざいぜんぐとうほんし
ゅ)〜法華文句記の文。
 釈迦仏法では、所化の大衆は法華経如来寿量品の法門
を聞いて得脱するのであるが、その成道の本因をたずね
てみれば久遠に下種が蔵されている事を示す。
 〜引用終わり〜
 この本種と言うのが南無妙法蓮華経なのです。

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