2021/1/26

キュウフ  
沖浦氏に質問を投げ掛けたところ、懇切丁寧な回答をたまわった。しかしながら内容的にはまったく不十分であり、印象的には一歩も前進していない感じである。

 宝塔とはご本尊でその住処が戒壇である事は論を待ちません。

だからその根拠を求めているのだ。宝塔が御本尊であることは論を俟たないとして、ではその住処が戒壇であることは何を根拠に言っているのだろうか?

実は以前にも同じ議論をしたことがある。その時も明快な答えは得られなかった。おそらくは今回も同様だろう。

ゆえに期待はしないが、何かしら言ってくることは間違いないので、対応はその時に考えたい。

さて、顕正新聞の続きである。

未入信の兄も
  九死に一生


女子部第二百四区総班長(福島)は、お兄さんが強盗に遭遇した話を書いている。それによればお兄さんは手足を縛られ口にガムテープを貼られて放置されたそうである。真冬のことなので凍死を覚悟した云々と。ところがである。次のようなことで助かったという。

兄は、手を前で縛られていたので自力でガムテープをはがして声を上げ・・・

マヌケな犯人である。

しかし、よく考えてみると、だったら不自由ながらも口のガムテープだけでなく、足の縛めも外すことができたのではないかと思う。さらに口で手の縛めも解くことができそうである。

 私は生活費等の出費がかさんで銀行口座のマイナス金額が七七万円にまで膨らみ・・・

逆に自慢話のようにも思える。基本的にマイナスはあり得ない。おそらくは普通預金とは別に定期預金が相当額あるのだろう。そうでなければ七十七万も貸してくれないはずである。

婦人部勝浦支区班長(千葉)の記事も興味深い。

「もう限界だ。稲刈りが終わったら離婚する」

ずいぶん律儀な旦那さんではあるまいか?

それはさておき彼女の入信以前が凄まじいのだ。何しろ職場は横浜で自宅がなんと千葉県旭市なのだという。しかも生活パターンが次のごとくである。

 仕事が終わると毎晩のように飲み歩き、時には朝まで飲み続け、千葉県旭市の自宅までタクシーで帰宅し、一睡もせずに出社するなど、三毒どっぷりの生活を送っておりました。

あり得ない話だ。タクシー代もベラボウな金額になるだろうし、移動時間を考えても非効率である。ならば職場の近くに引っ越したほうがいい。

男子部第三十九隊支隊副長(京都)は、うつ病で寝た切りだった息子が劇的に回復したことを書いている。

息子は浅井先生と目が合った瞬間、スッと病が抜けたように感じ、その日から劇的に病状が回復したのでした。

だったら浅井先生はもっと出てこないといけないだろう。日曜勤行はもちろんのこと、あらゆる行事に出席するべきである。極端な話、先生自らが街頭配布をやればいい。

これを読んだ私たち夫婦は義母を退院させることを決意いたしました。

話が飛んで恐縮だが、今度は義理のお母さんの話である。以前の体験発表に自宅で母親を看取った話があった。それを読んで自分たちもその覚悟を決めたそうである。ところがである。

 そこで特別養護老人ホームへの入所を申込みましたが・・・

さらに話が飛んで恐縮だが、ようするに自宅で看取るつもりで退院させたものの介護が大変で夫婦ともに疲れ切ってしまった、という話なのである。今の時代、自宅で看取るのは相当の覚悟がいる。それほどの覚悟があるならば特養に入れずに自宅で面倒を見るべきだろう。

最後は女子部第八十七区総班長(茨城)の記事である。

借金は数千万円にまで膨らんでしまいました。

ずいぶんアバウトな数字である。自分の借金ならばもう少し具体的な数字を言えるだろう。

国からの給付金は本来五十万円のところ、二十数年前に治療した時のカルテが残っていたことで、三百万円給付されたのです。

よくわからないが、肝炎の人には給付金があるらしい。しかも病状によるのだろうか、金額には幅がある。そりゃ五十万が三百万になれば大功徳である。

2021/1/26  19:25

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、今晩は。

 戒壇は本尊安置の場所を示します。 
 元々は受戒の場所を示すのですが、現在の日蓮系では
この解釈が普通です。
 創価学会では以下の定義になっています。


 本門の本尊を安置して信心修行に励む場所。三大秘法
の一つ。日蓮仏法における戒定慧の三学のうち戒学にあ
たる。南無妙法蓮華経の御本尊を信じ持てば、自身の生
命に積み重なった悪を消滅させ、最高の善である仏界の
生命境涯を開き現すことができる。すなわち御本尊の受
持が、そのまま戒を持つことになる。これを受持即持戒
という。
 〜引用終わり〜

 ご本尊受持がそのまま戒を持つ事になります。
 これを受持即受戒と言います。

 『其の後良有つて此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経
は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、
此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の
具足の妙戒は一度持つて後行者破らんとすれど破れず是
を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し』
 (教行証御書)

 『此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや』

 受持即受戒の衣文です、ご理解下さいませ。
 受持がそのまま受戒ですから、南無妙法蓮華経を唱え
弘める人はそのままで本尊で、いる場所は戒壇なので
す。

 戒壇とは場所的に考察するなら仏国土であって、寂光
土になります。

 『正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と
唱うる人は煩悩業苦の三道法身般若解脱の三徳と転じて
三観三諦即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土な
り、』
 (当体義抄)

 ご質問がおありならどうぞ。
 

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