2021/2/23

マチワビル  
顕正新聞を見て行こう。主に十二月度班長会の各種登壇である。

遠き広布を待ちわびる時代の終わり・・・

筆頭副総合男子部長の発言である。マチワビルが印象的だ。

次は顕正新聞の発行人を兼務する副総男子部長。少し長いが我慢して読んでいただきたい。

 今般、浅井先生は
 「大聖人様の大願は、広宣流布の暁に、仏法を守護し奉るとの国家意志の表明を以て建立される国立戒壇に、『本門戒壇の大御本尊』を安置し奉ることにあられる」
 として
 「これを実現するカギこそが、日本における国立戒壇建立なのである」
 と重大指導を下さいました。


怖ろしく重複的である。

次も副総男子部長だが、この人は儀礼室員を兼務している。

いよいよ最後の決戦場に臨まれる先生・・・

その最後の戦いに連なり得た宿縁・・・


別の意味でも最後が迫っているようだ。

三百万は大加速する・・・

これはやたらと問題発言の多いほうの副総合婦人部長。加速に大を冠するのもどうかと思うところで、一般的には急加速が汎用的かもしれない。とは言え、あまり好ましい意味ではなく、自動車の運転などでは危険を喚起する時に使われる場合がほとんどである。

広宣流布の決戦場たる二〇年代に最後の死力を尽くされる浅井先生・・・

一つ前の別の意味云々に通ずる話である。

前後するが、総合婦人部長の発言も見ておこう。

御馬前の戦いたる三百万・・・

浅井先生が到達できるかどうかは、ギリギリの線かもしれない。

婦人部第六総部長(首都圏)の記事も興味深い。

これよりみなが救いを求めて列をなす日の近きこと・・・

離脱者を含めて顕正会経験者の多くが知るところである。こんな話は百万達成以前にも聞かされていたことで、結局は実現しなかった。この先も同様だろう。

まるで上代の富士大石寺が現出したかのようで・・・

これは女子部第二総部長(栃木・四国)である。アゲアシ取りながらも上代の大石寺を見たこともない人がどうしてそのように言えるのか、妄想もほどほどにしないといけないと思う。もっとも問題はそこではなく、こんなことを言っているようでは宗門への復帰は無理であろうし、ヘタすると本物の大石寺に対して嫌悪感を懐くことにもなりかねない。そこがひじょうに心配である。

六十有余年に亘り大忠誠を貫かれたその激闘が走馬燈のように脳裏を駆け巡り・・・

これはアゲアシ取りではなく自分の不勉強を告白することになるが、わたくしの知るところではこのような文章表現は異例ではあるまいかと思う。浅井先生の脳裏ではなく登壇者の脳裏を走馬燈が駆け巡る。有名どころの文学作品などから同様の事例を紹介していただければありがたい。

常在寺信徒が顕正会員に暴行、罰金の略式命令発布さる
 問われる阿部日明(能化、布教部長)の監督責任


法務部次長の菅原克仁氏が書いている。彼はこのところ教義上の話題を書くことが多かったが、いよいよ本業のほうでも実力を発揮し始めたようである。見出しが示すように、法華講員が顕正会員に暴力を振るって有罪判決を受けたという話なのだが、罰金十万円とのことである。金額の多寡が問題なのではない。顕正会側の勝訴であり、宗門側の敗訴という結論が重要である。

しかもである。実はもう一つ別の事件があるらしく、そちらのほうが深刻のようである。なぜならば上記事件は昨年十月に発生し、早くも略式命令が出ている。ところがもう一つの事件は昨年一月に起きたもので、ようは未だに係争中なのだろう、ゆえに順番的には先でありながら詳細は後日述べるとして、今回は事件の概要を簡単に述べるに止めているのである。

ところで不勉強のわたくしは、阿部日明なる人物を知らなかった。いや、より正確に言うと、阿部信彰師がいつの間に日号を得たのか、まったく存じ上げなかったものだから、見出しを読んでもピンと来なかったのだ。掲載されている顔写真を拝見すると、日顕上人の御尊顔を彷彿とさせるところがある。また、本文中にも日顕上人の御子息である旨が書かれている。

宗門の内部事情をほとんど知らないが、巷のウワサではいずれはこの人が猊座に登るだろうと囁かれている。真偽のほどはさておき、イメージ的にはそのような既定路線がすでに敷かれているわけなのだろう。

2021/3/2  9:30

投稿者:佐渡の雪山童子
沖浦様。
小生ごとき拙き者にお時間をさいていただき、またお知恵をお授けていただき、誠にありがとうございます。
こちらは、顕正会を12年務めたかあと、法華購に転籍した者で、既に丸6年も経ちました。
単純に学会・顕正会が宗門に戻ってきたら1000万!

気が遠くなります。

大損失ですね。

仏法実践で人間力を磨いて、確りしなければと日々感じます。

功徳としては2月ら13日ねね還暦にして人生初めての彼女が出来ました。

2021/3/2  6:11

投稿者:晃
蔵の財よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財第一なり
此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし。(崇峻
天皇御書)

https://hokkevxage.com

2021/3/2  6:10

投稿者:.
スキー場が来客減少に悲鳴 地域経済にも打撃、廃業も

https://www.sankeibiz.jp/business/news/210112/bsd2101120454003-n1.htm

2021/3/2  5:50

投稿者:沖浦克治
 晃さん、宿命転換を冥益と申します。
末法は顕益が表なのですが、冥益もございます。
末法の初め冥利無きにあらず。
御書にございます。
顕益を積み重ね冥益に至ります。
ですから、法華講の方の如く顕益を否定するなら、その方はそこで終わりなのですね。

2021/3/2  5:27

投稿者:沖浦克治
 ガンコさん、皆様おはようございます。
 晃さんから、御義口伝の提示がございました。
 重要なので解説いたします。
 日蓮正宗の方は、私が功徳を書くと、功徳とは六根清浄だから、そう言う現世利益は無意味だ。との反論が殆どです。
 丸山さんと言うお方などは、
 
 それならラーメン屋やっていて売上が伸びても功徳になってしまう。
 功徳とはそう言うレベルのものでは無い。

 との反論を書かれ、回りの法華講の方も同調されました。
 呆れる程日蓮仏法に無知です。
 
 功徳とは六根清浄の果報!

 これを創価では、人間革命による宿命転換と申します。

 宿命転換がなされらるなら、貧しい人は豊かになります。
 貧乏の宿命が転換され、お金持ちになる。
 日蓮仏法では当然の事です。
 反対から見るなら、戸田先生が言われた、

 「信心して3年5年と経つのにまだ貧乏で困っている。
 それは本気で信心していないからだ」(主意)

 これが創価伝統の考え方です。
 御書には、

 「是を以て思ひ給へ一丈の堀を越えざる者二丈三丈の堀を越えてんややすき雨をだにふらし給はず況やかたき往生成仏をや、」
 (頼基陳状)

 現世で功徳の結果が出せない人に成仏など無理だと、明確に書いてあります。
 ですから、現実生活を向上させる意欲に欠る人は、日蓮仏法より、極楽往生を願う、念仏が適していますね。

2021/3/2  0:53

投稿者:晃
功徳とは六根清浄の果報なり(御義口伝)

https://hokkevxage.com

2021/3/1  19:07

投稿者:沖浦克治
 佐渡の雪山童子さん、今晩は。

 今日、今月の座談会御書の講義をフェイスブック致し
ましたので、こちらにも書いておきます。

 三月度座談会御書を講義致します。
 
 『いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれ
ども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれどもか
さぬれば藍よりも色まさる、同じ法華経にてはをはすれ
ども志をかさぬれば他人よりも色まさり利生もあるべき
なり、』

 通解
 いよいよ強情な信心を、起こしていきなさい。
 氷は水からできるが、水よりも冷たい。
 青い色は、藍という草から生まれるが、重ねて染めれ
ば、藍よりも色が鮮やかになる。
 同じ法華経ではあっても、信心を重ねていくならば、
他人よりも生命の輝きが増し、利益もあらわれてくるの
である。
 〜以上、大白蓮華より引用〜

 講義
 信心を重ねるとはどういう事か?
 それは疑う事無く御書の通りの実践を積むという事で
す。
 すると、功徳に功徳が重なり、その功徳は足し算では
なく、掛け算にように膨らみます。

 『金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる法華経
の功徳はほむれば弥功徳まさる、二十八品は正き事はわ
ずかなり讃むる言こそ多く候へと思食すべし。』
 (妙密上人御消息)

 信心は理屈ではありません。
 人の不幸にわが胸を痛め、幸せを共に喜び称える。
 これが自行化他の唱題行です。
 他人の不幸の打開を祈り、功徳を自身の事と同じく喜
ぶ。
 これ以外自行化他はありません。
 そういう人は功徳がいよいよ勝るのです。
 そして、自分の功徳はどんなに小さい事であっても、
功徳だ功徳だと口に出して語って行く。
 大切なのですね。
 池田先生が言われました。

 『牧口先生は言われた。
 どんな小さい功徳であっても、功徳だ功徳だと口に出
して語って行く事が大事である。その人は功徳の窓を心
に開いた人で、いや増して功徳がある。そこに行くと、
照れくさいのか何だかわからないが、功徳を語らない人
もいる。その人の信心には何処か翳りがある。
 ともあれ、功徳を語って行く事が大事なのだ。』(主
意)

 この通りですね。
 私共は功徳を出しそれを語る!!!
 これで参りましょう。
 宗門みたいに、

 功徳とは六根清浄で〜〜〜!!

 等の精神論は仏法ではございません。
 創価は具体論なのです。

2021/3/1  19:05

投稿者:沖浦克治
 晃さん、今晩は。

 ご評価を頂きましてありがとうございます。

 本気で功徳のある信心をなりたいなら、創価に限りま
すね。
 創価では、具体論しか言いませんしありません。
 精神論は要らない宗教なのです。

 信心をした事で、具体的にこれこれこのように生活が
良くなった。
 例えばラーメン店の経営者なら、創価の信心をした事
によって売り上げがこれだけ伸びた。
 こういう目に見える具体的な功徳が最も大事なのが、
創価kの信心です。
 現世利益第一なのです。

 

2021/3/1  10:59

投稿者:佐渡の雪山童子
沖浦さんの情熱的な言動と研究熱心さは小生も刺激を充分にショウジュさせていただきます。

2021/3/1  9:19

投稿者:晃
細かい教義の解釈で異流義を
徹底的に追いやるスタンスが
今の日蓮正宗にはある…
たぶん沖浦さんの正宗アレルギーも
この為ではないかと思う

大綱を存して網目を事とせず(百六箇抄)

晃としては細かいことは迹
大綱の南無妙法蓮華經を唱えることは本

ゆえに大綱で同じなら異流義も同志だと
勝手に思ってるわけですね

軽罪の者をば せむる時もあるべし
又せめずしてをくも候べし、
自然になをる辺あるべし せめて自他の罪を脱れて
さてゆるすべし(阿仏房尼御前御返事)

日蓮大聖人も謗法にも浅いものと深いものがあり
浅いものは放置して構わないと仰せられている



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