2021/4/10

ベンドノ  
大沢氏の引用は日寛上人の御書文段と思われる。ところが引用意図が不明である。

さて、そこでいつものごとく顕正新聞の続きを読んでいきたいところだが、せっかくなので御書についての疑問を書いておこう。大沢氏が何かヒントを下さるかもしれない。

・・・少輔殿へ御借用有るべし。

文永十二年の弁殿御消息は全集未収録である。そのため俎上に上がり難いらしく、ここでの少輔殿がどのような人物なのか調べてもなかなかわからない。他の御書には少輔房の表記がある。しかし、これはかなり早い時期に退転しているので、別人だろう。滝泉寺申状に出てくる少輔房日禅は、逆に登場する時期が遅いので、やはり別人と考えざるを得ないと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

「実際、有難いと思ってます。浅井さんがいたから、日達上人がここまで詳しく初めて言われたのですから」

男子部第十六総部長(中国地方・四国)は宗門僧侶の醜態と妙観講幹部の狂態を報告している。もちろん醜態・狂態は発表者の主観である。上掲は妙観講の部長の発言らしい。

平たく言うと、正本堂問題が起こるまで事の戒壇はもっぱら広布事相の戒壇を意味していた。すると広宣流布していないのになぜに正本堂が事の戒壇なのかという疑問が生じてくるわけで、これに対する新見解を日達上人があそばしたわけである。

厳密には、「詳しく初めて」がミソであって、実は以前からそのような考え方は存在していた、少ないながらも歴代上人の御指南にそれが見て取れる、ということのようである。

わたくしはその議論がひじょうに面倒なので、だったら大聖人の御指南にはあるのか、という意味の問題提起をずっと繰り返してきた。すると数多いるであろう法華講の論客たちも、逆に面倒臭いと思ってか、この議論に乗ってくる人は皆無である。

話は変わる。婦人部行田支区班長(首都圏)の記事には次のようなくだりがある。

 「脱会のため」と返納理由が選択できるようになっていたその書類から、多くの学会員が脱会しているのだと驚き、学会は崩壊していることを確信しました。

顕正会には脱会のための書式が存在しない。強引な折伏と共に問題視される点でもある。その意味からすると、創価学会のほうが遥かにマシである。ちなみに上掲の一段に限ってツッコミを入れれば、本尊の返納理由として脱会の項目が設けられているから多くの創価学会員が脱会していると思うのは勝手な想像であって、さらに創価学会が崩壊していると確信するのも勝手な妄信に過ぎない。

次は男子部第百七十五隊班長(愛知)の記事である。

「選挙は国立戒壇の関所」との言葉を信じ・・・

ようするに創価学会から移籍してきた人物なのだが、そもそも入信が昭和四十年なのだそうである。ここがひじょうに悩ましい。わたくしが顕正会の書籍で知り得た範囲では、創価学会が国立戒壇を盛んに言っていたのは昭和三十年代の前半なのである。おそらく昭和四十年代にはまったく言っていないだろう。つまり、登壇者の記憶が正しいとすると、末端の創価学会員の間ではわりと遅い時期まで国立戒壇の用語が使われていたことになる。この点、純粋な創価学会員の証言が待たれるところである。

「法華講に入信したら三千円あげる」

これも同様だろう。顕正会員が言っていても信用できない。純粋な法華講員の証言が必要である。

次は男子部第百六十五隊組長(青森)である。

熱原の方々が二〇代であったことを伺ってはとても驚き、農民であれば年配であろうと想像していただけに・・・

そもそも熱原の方々が二十代だったことは、確かな事実なのだろうか?

それにしても後半部分が印象的である。今現在の農業従事者が高齢者ばかりで日本の将来が危ぶまれていることは、わたくしのような不勉強の者でも知っている。これがまた食料自給率の問題にもつながっており、抜本的な施策が求められるところである。

婦人部愛南支区班長(愛媛)の発言が新鮮である。

 「大聖人様の御身体は凡夫と同じなのだ。一切衆生を成仏させんとの御心だけで、佐渡の冬を耐え忍ばれたのだ」

『迷走する顕正会を斬る』という本があって、「浅井会長の特異思想」という章が設けられている。そこには刺激的な言葉がたくさん並べられているが、とりわけ次が強烈である。

超越的本仏観

著者の櫻川氏は浅井先生の本仏観に否定的なのであるが、くだんの婦人部班長もわりと櫻川氏の感覚に近いようである。

広宣流布の時は、大忠誠の浅井先生が率いられる顕正会が国立戒壇の「願主」になる・・・

これはどうなのだろうか?

顕正会の公式見解として是なのか非なのか、ご存知の人がいれば教えていただきたい。わたくしが今まで学んできた感触からすると、天皇が願主になるのではあるまいかと思うのだが、この点はよくわかっていないのが正直なところである。少なくとも顕正会が願主となるのは違うのではないかと思うのだが、どうなのだろうか?

2021/4/11  15:02

投稿者:名無し
>『迷走する顕正会を斬る』という本があって、「浅井
会長の特異思想」という章が設けられている。そこには
刺激的な言葉がたくさん並べられているが、とりわけ次
が強烈である。

アホな元顕ツイッターに最近リツイートで櫻川の広告が
見受けられるがロングベストセラーで絶賛増刷中なのだ
ろうか??
戒壇の大御本尊様の隠し撮りなど不敬を働いた犀角独歩
と懇意にするような輩の書籍に関わるなど信心があると
は到底思えない。
敵の敵は味方で組織抗争に没頭して古巣への復讐心を満
たしたいだけでなのだろう。

2021/4/11  10:20

投稿者:大沢克日子
>他の御書には少輔房の表記がある

私は全く不勉強のため、ヒントも何もお伝えできませんが、平成校定御書を拝見すると、昭和新定日蓮大聖人御書には、「A少輔殿=房」(平成校定916頁脚注)とされているそうです(平成校定本文は、「殿」となっていますので、別人でしょうか。

ただ、少輔房日禅師はこの御書の記された文永12年/建治元年(1275年)に、日興上人の折伏教化により、上人の弟子になっています(富士年表によると、建治元年6月とのこと。富士年表34頁)

文永11年〜12年頃は、日興上人が富士方面に弘教遊ばされているさなかですので、日禅師等の折伏を重ねておられた日興上人が、状況を大聖人様に御報告されて、その上で「法華文句を少輔殿から借りなさい」と仰せになったのかもしれません(トンチンカンな事を言っていたら申し訳ありません)。

2021/4/10  19:03

投稿者:名無し
報恩坊のツイッター部の連中がココのブログで
自作自演を疑いつぶやいていたがどういう事を
疑っていたのか聞いてみたいところである。

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