2021/5/10

タテセン  
沖浦氏の今朝のコメントで注目したのは次の言葉である。

縦線の仲間

創価学会用語である。とは言え、死語でもあるのだろう。沖浦氏の世代には通用する言葉だが、若い創価学会員には通用しない。あるいは祖父母などからの伝聞で耳にしている可能性もなくはないが、ほとんど使う機会もないだろうから、つまりは死語である。もちろん創価学会用語としての話だ。

では顕正会における同様の事例はあるのだろうか?

細井管長・阿部管長がいわば死語と考えられる。解散処分以後、ざっくりと数えれば三十年間ほどはその呼称が一般的だった。ところが今は呼び捨てである。

創価学会のタテ線・ヨコ線は組織の編成であるから時代に即して変化しても不思議はない。しかし、顕正会のそれは大問題であり、拙ブログで繰り返し指摘してきたことである。早い話が変節であり、もはや消すことのできない汚点なのである。

そこでわたくしなりの修正案を示せば、御当代を早瀬管長と呼んでいるのであれば、筋としては阿部前管長が妥当だったろう。かつて細井管長阿部管長みたいな言い方をしていたが、これも厳密にはおかしな話だった。細井前管長阿部現管長が正しい。しかし、そんなややこしいことを言わず、上人と申し上げれば明快だった。これならぜんぶ上人で通用したのである。

また、細井管長が御遷化あそばした時点で日達上人とお呼びするのも筋としては通っていた。先年、阿部管長が御遷化になられたが、それ以降は日顕上人と呼称するべきだった。教義上の問題は御当代に責任がある。ゆえに上人とは呼ばず管長と呼称する。この伝統で行けば顕正会も一貫性が保たれた。

さて、顕正新聞の続きである。

早瀬管長の「法華講80万達成」は虚偽か

男子部第五総部長(首都圏)の記事にはご覧の見出しがある。じゃっかんのブーメランを感じさせる。なぜならばこの直前に会長講演が掲載されており、そこでは大ウソと断じているからである。いや、もちろん、三月度総幹部会の登壇は新聞の掲載順とは逆であるからツジツマは合っているわけだが、新聞だけを読めばかなりの違和感がある。この点、何も考えていないのだろうか?

 特集号が発刊されるや世界は急速に大闘諍へと向かい・・・

前後して恐縮だが、掲載順ではこの女子部第二総部長(栃木・四国)の記事が先である。それにしても凄い。上掲はいわゆる諸天の感応を彷彿とさせるからである。実際、この何号か後にも出てくるが、諸天の感応を云々する記事が今も存在する。以前に比べると少なくなったような印象だが、それでも存在するのである。

婦人部越谷・銀座支区部長(首都圏)の発言も凄まじい。

 この姿を見て、先生ご自身が御遺命守護の顛末を克明に活字にされた基礎教学書は真実だからこそ、全日本人が必ず先生の大忠誠にひれ伏すことを確信いたしました。

まず、御遺命守護云々は直接的には日蓮正宗系の人たちにしか通用しない話である。ゆえにそれが真実だとしても無関係の人たちにしてみれば、だから何なの? という話に過ぎないのだ。確かに創価学会の実力を知る人たちにしてみれば、その創価学会の大幹部をタジタジにしてしまったという浅井武勇伝が本当ならば、凄いことだと思うかもしれない。ところが今はその創価学会も凋落の一途を辿っている。実際、この記事ではそうした文脈で書かれているのである。ならば、なおさらピントのズレた話だろう。

しかもである。これは言語感覚の問題なので一概には言えないことなのだが、いちおう書いておく。

ひれ伏す

わたくしにはかなり特殊な言語のように思える。わりと近い言葉では、頭が下がる、とか、頭が上がらない、みたいな表現がある。この二語はいずれも本人が主体となっていて、相手に対して自らそのような思いを懐いている場合に使う言葉である。

ところがである。

ひれ伏す、平伏する、はかなり印象が異なる。イメージ的には権力者に服従するような言葉なのである。

顕正会では当たり前のように使っている言葉だが、これを外部の人間がどのように感じるかをけっこう気にしたほうがいいように思う。ともかく感覚がマヒしてくる。これは誰もが同じことで、わたくしも顕正会の中にドップリと浸かっていた時にはあまり感じなかったことなのである。今は物凄く感じることができる。もちろん最初に書いたように、言語感覚の問題は簡単ではない。わたくしの感覚が間違っている場合も少なくないと思う。

2021/5/12  9:02

投稿者:沖浦克治
 今朝の聖教新聞、群馬県・みなかみ町の小野明美さん
(46)=地区女性部長。長年、製造業の正社員として働
きながら、次兄・和広さん(50)=壮年部員=を介護し
てきたお方の体験から・・・

★ ある日、私は、和くんのベッドの傍らで、弱音をこ
ぼしてしまった。「もう疲れた」。誰よりつらいのは和
くんなのに……。
 悔やんで、うつむいたままの私の頭に、温かいぬくも
りを感じた。和くんの手だった。「大丈夫か」。和くん
の優しい声を聞いた途端、せきを切ったように涙があふ
れた。
 「和くんが『おかえり』って言ってくれるだけで頑張
れる! だからお願い、生きていて!」
 私はずっと、和くんを支えたいと思っていた。でも支
えられていたのは、私の方だった。
 〜引用終わり〜

 『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳
を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳
をかふらせ奉るは凡夫なり、』
 (諸法実相抄)

 同じ覚りですね。
 素晴らしい!!!!!!

2021/5/12  6:21

投稿者:沖浦克治
 ガンコさん、皆様おはようございます。

 今日から6週間程入院になります。
 天が与てくれた休暇!
 楽しんで来ます!

2021/5/11  7:11

投稿者:沖浦克治
 ガンコさん、おはようございます。

 昨日、17年目にしてはじめて売上からマージンを10万円少し
頂きました。
 全部恋女房にお小遣いとして渡しました。
 お誕生日でしたから。
 本当に苦労ばかり掛けてきましたので。

 これからは楽させるぞ〜!!
 功徳〜〜〜!!

2021/5/10  15:49

投稿者:沖浦克治
嚴虎さん、皆様今日は。

>創価学会用語である。とは言え、死語でもあるのだろ
う。沖浦氏の世代には通用する言葉だが、若い創価学会
員には通用しない。あるいは祖父母などからの伝聞で耳
にしている可能性もなくはないが、ほとんど使う機会も
ないだろうから、つまりは死語である。もちろん創価学
会用語としての話だ。

 その通りですね。
 縦線等は既に死語です。 
 半世紀も前に無くなっていてほとんど誰も知りませ
ん。
 同じく、戒壇本尊も既に死語化しています。
 今の創価学会員の大半は日蓮正宗時代を知りません。

 なのに、未だ宗門は戒壇本尊を捨てたから創価学会は
ダメだの一点張り。

 誰も知らない戒壇本尊で色々言われても、創価学会員
は意味が分かりません。

 この人は一体何を力んでいるのかな・・・・・??
 可笑しな人だな、相手にならないでおこう・・・・

 この程度なのですね。
 

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