2021/7/19

ワダイコ  
沖浦氏がリンクを貼っていたので飛んでみた。すると創価学会の動画だった。

まず和太鼓について言えば、顕正会にも和太鼓のグループがあるのだが、彼我の差は歴然と思った。やはり創価学会の和太鼓のほうが洗練されているし、人材も豊富なようである。

 選挙の話も出ていますが、あくまでも支持母体としての節度の範囲内です。

しかし、これは違うだろう。合法か違法かは専門の議論を要するものの、節度を云々するのであればまったくもって節度がないと言わざるを得ない。

男子部長の発言がもっとも顕著で、共産党への敵意とかつての民主党政権を悪夢のごとく言っていることがかなり尖った印象だった。現状、秋の衆院選での苦戦は必至であり、とりわけ立民と共産の選挙協力がうまく行けば、自公にとっては最悪の結果を招くことにもなりかねない。そうした背景がわかっている人にとっては、彼の言っていることは実に見え透いているのである。

また会長の発言の中で、仏と魔との戦いを云々するくだりがあって、そこではあたかも公明党の方針に批判的であることが魔の働きであるかのように言っていたのが印象的だった。しかし、自民党の方針に唯々諾々と従っているコバンザメのごとき公明党に対し、もっと毅然とした態度で政権内のブレーキ役を果たすべきとの意見がどうして魔の働きに相当するのか、そこが問題である。

この点を踏まえて男子部長の発言に立ち還れば、彼らは感覚がマヒしていて気がつかないのだろうけれども、相当にバイアスが掛かっていることは否めないだろう。

さて、今日は顕正新聞第1547号である。

・・・指導をされた。
・・・指導をした。
・・・指導をした。


五月度班長会を伝える本号の一面には、上掲のような微妙な差異がある。

総男子部長
総合女子部長
総合婦人部長


考えてみれば、これも差異である。明確な差異、と言って差し支えないだろう。翻って前掲の微妙な差異も、実質的には明確な差異と言うべきなのかもしれない。次期会長への布石だろうか?

先生の師子王心はいかなる天魔の障礙をも降されたのであります。

一面下段には総男子部長の記事が掲載されており、そこにはご覧のような記述がある。これを会長本仏論だと考えるのは穿ち過ぎだろうか?

二面に移ろう。まず副総男子部長からである。

大聖人様が千日尼を通して、先生に下された御言葉・・・

これはあながち間違いではないが、あえてイチャモンをつけておきたい。例えば「先生だけに下された」と書けば誰もが間違いだとわかるだろう。逆なのだ。世間の常識からしても、私信の意味では千日尼だけに下された御手紙となる。しかし、御書はそのような偏狭なものではなく、いわゆる全人類総与なのだ。そこを浅井先生に下されたと書いているところがイヤらしい。つまり、上掲は浅井先生だけとは書いていないものの、限りなくそのようなニュアンスが感じられる意味で問題なのである。

教学部長・第十八男子部長(首都圏)は、まずこの肩書がめずらしい。今まではどちらか片方しか表記していなかったはずである。

私自身、「原動力によってすべては決するのだ」との仰せが胸を衝きました。

カギカッコの出典が不明である。おそらくはこの前後の文章が答えなのだろう。いわば浅井先生の発言を意訳したものが上掲なのだと思われる。

原動力によってすべてが決するのであるならば、先生の大忠誠のご一念によって・・・

前後を端折って恐縮であるが、ここでの原動力は浅井先生の一念を意味するようである。前掲の原動力は大聖人より発するものであり、上掲は浅井先生が原動力となっている。これを会長本仏論的だと批判するのはイチャモンが過ぎるだろうか?

「法師の皮を著たる畜生」どもが近く大聖人様から宗門追放され、清らかな正系門家に立ち還ることを確信・・・

男子部第五総部長(首都圏)がどのようなシナリオを描いているのか知りたいものである。

清らかな正系門家に立ち還る云々は、顕正会的には真っ当な主張である。問題はその直前だろう。大聖人がどのような手段を用いて宗門追放を行なうのか、おそらくは本人もわかっていないはずである。その辺が顕正会らしいところで、何でもかんでも諸天の働きで済ませてしまうし、それで疑問に思わないのだからオメデタイことである。現状、諸天の働きは結果論であり、何かしらの現象に対して後付けで説明しているに過ぎない。一種の他力本願である。

例えば正信会問題をどう考えるのか、それを現在の大幹部たちに聞いてみたいものである。

今は記憶のままに書くが、当時の正宗僧侶は六百名いた。そのうちの二百名が宗門追放されたのである。これは世間一般の常識からしても相当な大事件のはずである。しかし、この件について顕正会では、まさか大聖人によって宗門追放が行なわれたとは言わないだろう。とは言え、正信会側を完全擁護するような発言もしないはずである。ここが顕正会の微妙な立場をあらわしているのだと思う。

いずれにしてもである。過去の正信会問題が一つのモデルケースであることは間違いないことで、これに匹敵ないし凌駕するようなことが宗門の中で起きない限りはどうにもならないことである。ここもまた顕正会は他力本願的である。

では、どうするべきなのか?

わたくしは和解の道を模索すべきと思っている。あえてマイナスイメージの言葉を使えば、妥協でもいいだろう。もはや顕正会だって完全無欠ではない。それどころか問題だらけである。そこを見ずして相手の非ばかりをあげつらってもどうにもならないだろう。

2021/7/22  10:21

投稿者:.
論点のすり替えに過ぎない。

・日寛上人の御形木御本尊様を偽物呼ばわりする法華講員
・創価複製の御形木御本尊書写の日寛上人を誹謗している、
 末端の創価学会員

いずれも問題があるんじゃないか?と指摘しているんだから、そこに反論すべきだろう

2021/7/22  7:07

投稿者:佐藤秀和
それよりは・・・そのセンスの全く感じられないハンネ、何とかしましょう!

2021/7/22  6:14

投稿者:名無し
日寛上人の御形木御本尊様を偽物呼ばわりするアホッケ
コーも、創価複製の御形木御本尊書写の日寛上人を誹謗
する創価ガッカリさんもどちらも頭がおかしいw

2021/7/21  17:50

投稿者:沖浦克治
 佐渡の雪山童子さん、今晩は。

 私の事も、様ではなく、さんでお呼び下さいませ。
 何度も書いておりますが、日蓮仏法ではご本尊は必須条
件ではありません。
 自行化他の唱題のみが必須であって、この修行を自行化
他行と申します。
 それ以外に義務付けは一切ありません。

 『一 薬草喩品
 御義口伝に云く妙法の薬草なれば十界三千の毒草蓮華の
薬草なれば本来清浄なり、清浄なれば仏なり此の仏の説法
とは南無妙法蓮華経なり云云、されば此の品には種相体性
の種の字に種類種相体種の二の開会之れ有り、相対種とは
三毒即三徳なり種類種とは始の種の字は十界三千なり、類
とは互具なり下の種の字は南無妙法蓮華経なり種類種な
り、十界三千の草木各各なれども只南無妙法蓮華経の一種
なり、毒草の毒もなきなり清浄の草木にして薬草なり云
云。』
 (御義口伝巻下)

 この通りです。
 ですから、戒壇本尊に向かって唱えねばならないとか、
法主の開眼が無いなら、とか、塔婆を立てないから、と
か、僧侶を間に挟まねば、とか、一切ありません。
 一つでもあるならその時点で、直達正観ではなくなりま
す。

 極めて簡単明瞭な日蓮仏法の道理なのです。
 これからも、宜しくお願い申し上げます。

2021/7/21  10:17

投稿者:佐藤秀和
宗教ものらしい書き込みを望みます。
小生には沖浦様から授かりました御言葉だけで充分です。

沖浦様の言葉を胸に、先日は顕正会員と4時間も喧嘩せずに語り合うことが出来ました。

法華講が正しい等とごり押しは一切しませんでした。

本物の対話が出来たと思います。

2021/7/20  6:36

投稿者:.
>一部の人がたくさん時間をかけて書き込んで
いるだけです。

その特徴はたった1つで、「ヒマな時間とエネ
ルギーを持て余している」ということです。

少なくともネットに書き込み続けている時間は、
友達や家族と一緒に過ごすことも、趣味に打ち
込むこともしていません。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4b0bf965b854850b605d59755f4e8ffa06d24654

2021/7/20  6:26

投稿者:沖浦克治
 ここまで愚かで異流義が日寛宗です。
 以下日寛宗の愚論から抜粋引用。

 創価学会『ニセ本尊』破折 百問百答

 平成5年10月1日、創価学会は、離脱僧・成田宣道か
らの申し出によるとして、栃木県・淨圓寺所蔵の日蓮正宗
総本山大石寺第26世日寛上人御書写の御本尊を、勝手に
複写し、配布しはじめた。

 本書は、創価学会の『ニセ本尊』とその邪義を徹底的に
破折し、日蓮正宗の本尊義を明らかにした法華講員必読の
書である。

日蓮正宗法義研鑚委員会編

平成6年1月1日発行

学会偽本尊と謗法について(100問100答)

 万人を対象とした御本尊を「一閻浮提総与の御本尊」と
いい、現在奉安堂に御安置されている「戒壇の大御本尊」
ただ一体を指します。

 それ以外の授与の御本尊はすべて「一機一縁の御本尊」
と称します。
 〜引用終わり〜


 低劣で、我が儘で、無意味で、邪義で、反社会で、なに
よりも、

★異流義中の異流義!!

2021/7/20  6:14

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、皆様おはようございます。

>世間の常識からしても、私信の意味では千日尼だけに下
された御手紙となる。しかし、御書はそのような偏狭なも
のではなく、いわゆる全人類総与なのだ。

 これは正論中の正論です。
 ですが、富士門流、別けても日寛宗、顕正会はここを理
解出来ない人が多いのです。

 四条金吾へ与えられた御書を、私が座右の銘としても全
く問題はありません。
 当然の道理ですが、御書は本来一機一縁です。  
 ですが、誰に出された御書を誰が拝しても当然大丈夫で
す。
 この簡単な道理に迷う人もいて、

 御戒壇の大御本尊だけが〜!!
 一閻浮提総与で〜〜〜〜一機一縁!!
 他の御本尊は〜〜〜〜一機一縁だから〜〜〜〜〜〜
〜!!!

 等と浮かれ騒ぐ人もいる。

 見苦しくて情けない・・・・・・・
 

2021/7/19  13:07

投稿者:沖浦克治
 今回の都議選と、第4回本部幹部会を見て思います。
 
 時代は確実に変化しはじめています。
 コロナ禍で創価学会員は東京へ応援に行けませんでし
た。
 ですが、全員が当選しています。
 外部の方々の支持が拡大している証拠です。

 10年先には、公明党と自民党の議席数が逆転する可能
性を感じます。
 都議会に限らず、国政レベルの選挙でそういう現象が出
て来るでしょう。

 昭和39年に結党され、58年経ちましたが、漸くここ
まで来ました。
 嬉しいです。

 本当にいい時代ですね。

2021/7/19  13:02

投稿者:沖浦克治
 嚴虎さん、今日は。

 あの程度は許容範囲です。
 以前あんなものではありませんでしたし、私は社会党系
の労働組合で委員長をやっていましから、社会党からの締
め付けも凄まじかったです。
 良い時代ですよ。

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