2021/11/24

ツケヤキバ  
沖浦氏は守備範囲を広げたようである。以前は御書オンリーだった。それが今は日興上人の御書き物などにも手を出すようになった。ただし、ツケヤキバ感は否めない。法華講の諸氏も指摘するように、ネット上の情報をつまみ食いしているだけなのだろう。それがバレバレなのだ。

ちなみに、わたくし自身はこれまでほとんど議論に参加していない。なぜならば自分の守備範囲ではないからだ。ゆえに誤字脱字を指摘するにとどめていた。

 執権が交代したので立正安国論を改めて新失権がよむだろうから、法華経を採用するとの動くがあるだろうと・・・

枚挙に暇がないとはこのことだ。上掲は今朝の沖浦氏のコメントなのである。書けば書くほどボロが出る。

新失権とは凄い言葉である。動くがあるは動きがあるの間違いと思われるが、このレベルで法華講員を言い負かしたつもりになっているのだから滑稽である。言い訳無用、わたくしに文句を言わせないためには限りなく誤字脱字をなくすことである。人間だから間違いはある。たまには仕方がない。しかし、こうも頻繁ではいけない。

https://ameblo.jp/raketto-chan/entry-12672159792.html

沖浦氏の主張が上掲の丸写しだったことが発覚した。これについて氏は恥ずかしげもなく正当化している。しかもまったく同じだとマズいと思ったのか、少しずつ文章を変えているわけである。これについても言い訳しているが、わたくしに言わせると次のようなくだりが物凄く恥ずかしいのだ。

★弘安七年 甲甲五月十二日甲州身延山へ登山、

普段から真面目に御書を読んでいる人ならば気がつきそうなものである。

おそらくは甲申が正しいのだろう。キノエサルである。十干十二支は現代人には馴染みの薄いものであるが、かつては重要だった。ゆえに御書には必ず認められているのだ。

ちなみに、わたくし自身は沖浦氏の書いているものがパクリであることを知らなかった。法華講の諸氏がそれを突き止めた。その上で決定打となるのが甲甲だろう。コピペであることがほぼ確実である。

http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/1995336.html

さて、こちらであるが、かつて当該サイトは赤鬼のブログと称していた。なぜそれを知っているかと言えば、わたくしはその頃から閲覧させていただいているのだ。創価学会で出している講義録をデータ化している意味で、貴重なサイトである。

当然、沖浦氏のことだから、またしても丸パクリなのだろう。いや、もしかしたら講義録を所持していて、それを引用している可能性もある。

この際、それはどちらでもいいのだ。

 大聖人の御墓が荒れ放題であるというのは、あくまで老僧たちが墓輪番を守らない不届きを責めるための強調であって、実際には日興上人およびその門下たちで十分に手入れをされていたはずである。

沖浦氏は自分にとって都合のいい部分だけを拾い上げ、上掲のような都合の悪い部分は無視している。この姿勢が問題なのである。ちなみに次の一節も重要である。

 ついでに本弟子以外の十二人とは、越前公、淡路公、越後公、下野公、筑前公、和泉公、治部公、郷公、寂日房、伊賀公、但馬公、丹波公で、このうち伊賀公、但馬公、丹波公の三人を除く九人は日興上人門下である。

郷公は卿公の誤植だろう。日目上人のことである。わたくしの守備範囲ではないが、このくらいはパッと見て気がつくものである。

それはともかくとして、本講義録は物凄く重要な示唆を与えていることに気がつかないといけない。沖浦氏は日興上人が身延に居なかったことを証明しようとして躍起になっているが、問題はそこではないだろう。墓所の輪番にはぜんぶで十八人が加わっていた。そのうち日興上人の弟子が九人、日興上人を含めれば過半数となる。それでいて墓が荒れ果てていたとすれば、五老僧の責任ばかりを問うわけには行かないだろう。むしろ輪番の過半数を占めていた日興上人のグループにも相当の責任があることになる。このように考えれば前掲の蓋然性がきわめて高いことになりそうである。再掲しよう。

 大聖人の御墓が荒れ放題であるというのは、あくまで老僧たちが墓輪番を守らない不届きを責めるための強調であって、実際には日興上人およびその門下たちで十分に手入れをされていたはずである。

以上、本講義録に基づけば、沖浦氏の主張がいかにデタラメであるかが明瞭である。

 次に「地頭の不法ならん時は我も住むまじき由、御遺言には承り候へども」と述べられているのは、日昭、日朗たちが身延へ参詣しない口実に、地頭が謗法を犯した際には身延の地を去るべきであるとの遺言を持ち出していたことによるのかもしれない。

このくだりはわたくしの個人的な興味から引用させていただいた。さすがは大創価学会である。人材が豊富なのだろう。

 「日興の賜ってこそあそばされてこそ候いしか」は、身延山久遠寺を日興上人に譲られることになっていたので、墓を身延にと仰せられたのであろうという意味と思われる。

いわば二箇相承の傍証的な意味を見出しているのだろう。さすがである。

2021/11/30  8:45

投稿者:大沢克日子
>このブログでは日蓮正宗の歴史を記載します。 普段はあまり聞かない歴史のお話です。 難しい法門のお話は書きません。 (書けません) 出典は宗門から出版された書物や自分の体験談です。 なのでほとんど孫引きです。 オウム返しのような日記です。

妙光寺御信徒のブログのトップに書かれている紹介です。
>なのでほとんど孫引きです。
と、明言していて清々しい。

御宗門への苦言なども遠慮なく発言している一方、ニセ本尊の害毒(罰)についてもド直球。

私も含めて登場人物の多数が、ネチネチダラダラのこちらのブログ(更に実生活においてもネチネチダラダラな沖浦さん)と比べると爽やか。

そのド直球のニセ本尊の記事に、こんなのがありました。

>学会幹部は年々精神科の薬が増えいくと精神科医が言っていたそうです。
>毎回書きますが、近ごろ学会では
「精神疾患がある人は拝まないように」
と通達が出ているそうで、
 そりゃ、そうでしょう

https://ameblo.jp/37157555/entry-12658143418.html

通達は内々のものでしょうが、懈怠、懈怠と言ってたのは取り消します。
ネットに入り浸るか、遊んでいるほうが幸せかもしれませんから。

現に、顕正会員はあまり長く唱題しませんからね?

2021/11/30  8:03

投稿者:.
>彼は盛んに他宗の破折に明け暮れていますが、そもそも
他宗を破折して広宣流布が出来るなら、大聖人御在世に
出来ています。
 
>この道理が理解出来ない人でした。
真に仏法指導者としては不適格です。
社会を敵に回すと広宣流布などはあり得ません。


創価学会が、その勢力を広げるにあたり、会員は、この本(折伏教典)を
片手に各家庭や、時には、神社・仏閣まで勧誘してまわった。この本で、
他の宗教を邪宗・邪教として攻撃している(いた)ことは、あまりにも有
名である。

                       (一部加筆して、引用)

https://www.amazon.co.jp/%E6%8A%98%E4%BC%8F%E6%95%99%E5%85%B8-1958%E5%B9%B4-%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E6%95%99%E5%AD%A6%E9%83%A
8/dp/B000JASQUW

>真に仏法指導者としては不適格です。
社会を敵に回すと広宣流布などはあり得ません。

第2代会長に、言えばいいんじゃないですか?ww

2021/11/30  7:53

投稿者:.
>『広宣流布はおからなんだよ、君たちが信心してうんと功徳を
出す、それが豆腐なんだ。すると、おからである広宣流布は勝
手に出来上がります。』(主意)

広宣流布が、『勝手に出来上がる』?
意味が分かりません。

>また、かつて、「豆腐とおから」の例を用いた戸田先生の指導を
紹介されたこともあります。学会員の幸福を「豆腐」に例えるなら
ば、広宣流布は「おから」、つまり、その副産物で、自然に成し
遂げられるものである。すなわち、広宣流布といっても、あくま
でも大切なのは、一人一人が幸福になることである、との指導で
あります。

【新時代 第42回本部幹部会】聖教新聞2010・9・10

https://plaza.rakuten.co.jp/karagura56/diary/201009090000/

教学は『教授』なんでしょう?

2021/11/30  7:44

投稿者:.
仏意仏勅の広宣流布を推進する創価学会は、受持の対象としての御本尊を認定する権能を有する。

ここでいう「受持」とは、創価学会が認定する御本尊に、自行化他にわたる題目を唱えることを
意味している。すなわち、「受持」は、「実際に目の前で拝む対象」にするという意味を持つが、
このような外形的な行為にとどまるだけでなく、当然、積極的な意味での信心が含まれる。

これまで創価学会本部並びに各会員の家庭に授与されている御本尊はすべて学会認定の御本尊で
あり、具体的な信心の活動としては、これまでと変わりがない。

http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/

日蓮宗の御本尊は、学会から『認定』されていないみたいですよw

2021/11/30  7:41

投稿者:.
>バカ丸出しでしょう・・・・
これが法主????
そりゃ誰も入信しませんわ・・・・

常泉寺住職時代には牧口常三郎・戸田城聖の指導教師
として草創期の創価教育学会(現・創価学会)を教学
面で指導。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B7%B3

バカ丸出しの人に、指導を受けざるを得なかったって
のが牧口氏、戸田氏って事ですか?www

バカ丸出しの人を、牧口・戸田両氏は見抜けなかった
って事ですか?www

2021/11/30  7:39

投稿者:.
2021/11/27 7:54 投稿者:沖浦克治

 日蓮正宗にはお気の毒なのですが・・・・

 戒壇本尊だけ除外されています。

★会則の協議事項に言う「御本尊」とは創価学会が受持の
対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安
2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。

 所説あるでしょうが、これは仕方ないですね。
 何しろ提婆達多と並ぶ大謗法人が法主でしたから・・・

https://white.ap.teacup.com/ganko/2942.html?b=30#comment

↓ 

したがって、「本門の本尊」としては、「弘安2年(1279年)の御本尊」
も含まれるが、それのみが「本門の本尊」だとするものではない。

        「会則の教義条項改正に関する解説」創価学会教学部

http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/



138: 沖浦克治 :2014/04/21(月) 05:18:19 ID:TiiEYjRI0
sewさん、おはようございます。
 
 私は男子部の部長で、ゾーンの文化班のトップであって、
教学は教授でした。

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9645/1395829838/138

アンチですら、この程度の事は把握してるのにww
教学は、教授レベルじゃないんですか?ww

2021/11/30  7:33

投稿者:沖浦克治
 講義

 師弟とありますが、日興の頭の中は、師は出家弟は在家
でしょう。
 彼は盛んに他宗の破折に明け暮れていますが、そもそも
他宗を破折して広宣流布が出来るなら、大聖人御在世に出
来ています。
 この道理が理解出来ない人でした。
 真に仏法指導者としては不適格です。
 社会を敵に回すと広宣流布などはあり得ません。
 故に、

 『委細に経論を勘へ見るに仏法の中に随方毘尼と申す戒
の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事を
ば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよ
し仏一つの戒を説き給へり、此の由を知ざる智者共神は鬼
神なれば敬ふべからずなんど申す強義を申して多くの檀那
を損ずる事ありと見えて候なり、』
 (月水御書)

 日興こそ、この御指南にある、

★檀那を損ずる人!

 です。
 大聖人を有徳王のように守護なされた波木井氏の大恩も
忘れ果て、無理難題を押し付けて追い出されてしまった。
 その恨みにその後の彼の人生をは支配されています。
 文に如実。

★信徒を支配したくて支配したくて仕方がない。

 この性格はそのまま日蓮正宗に受け継がれ現在に至りま
す。
 法主・能化・住職等という制度に未だ縋り付く醜態。
 情けないですよ。
 唯受一人等という思想は仏法にありません。
 涅槃経で釈迦は特別な相承を、教師の握り拳として明確
に否定していますし、大聖人は、教外別伝不立文字とさ
れ、天魔の所為だと厳しく破折されておられます。
 戸田先生が仰せです。

 『広宣流布はおからなんだよ、君たちが信心してうんと
功徳を出す、それが豆腐なんだ。
 すると、おからである広宣流布は勝手に出来上がりま
す。』
 (主意)

  法華経、別けても日蓮仏法の極意ですが、日興には思
いもよりませんでした。

 こんなの崇めていたらね〜・・・・・・

2021/11/30  7:32

投稿者:沖浦克治
 おはようございます。

 佐渡国法華宗御返事続きです。
 反論のための反論、愚かなすり替えはご遠慮願います。
 私はここで日蓮正宗に発信しておりません。
 ここをロムされる皆様に発信しておりますので、その点
を弁えて下さい。

★この法門は師弟子をたゞして仏になる法門にて候なり。
 当時日本國の一切衆生地獄に堕ちうすると聖人の仰候
は、上下万人初発心の釈迦仏を捨てまいらせて、或は阿弥
陀仏、或は大日如来、或は薬師仏を師とたのみて本師釈迦
如来に背きまいらせ候あひだ、無間地獄とは仰せ候ぞか
し。宰相殿、御信心を起こし、本迹の法門を聞こしめし受
けとらせ給いける、師は誰にて候けるぞ。御師だにも定ま
り候はゞ、御講にも一統こそ候はめ。

 通解(地下覚者による)

 この法門は師弟子をただして成仏する法門です。「今の
日本国の一切衆生は皆無間地獄に堕ちる」と大聖人が仰せ
になっているのは、上下万人が初発心の釈迦仏を捨てて、
或いは阿弥陀仏或いは大日如来或いは薬師仏を師として本
師釈迦仏に背いているので、「無間地獄に堕ちる」と仰せ
なのです。宰相殿が信心を起こして本迹の法門を受けられ
た、その師は誰ですか。師が定まりさえすれば講中も一統
されるでしょう。

2021/11/30  7:29

投稿者:大沢克日子
莫迦丸出しの感情論に過ぎない。
戦前戦中は日蓮正宗、創価学会も含め、社会全体が当時の国家体制を支持していたのが史実。
(信仰上は御宗門も学会も大変苦労したが…)

日本の勢力拡大と重ね合わせて、布教の進展を願ったとしても、当時の感覚では当たり前。戦後の我々の感覚には合わない。

むしろ創価学会は、そういう史実を無視して、あたかも学会が戦前から平和・民主の団体であったかのように歴史を捏造する方が莫迦。

心がねじ曲がっているから、そういう説を鵜呑みにして、しかも引用元を示さず、コピペするだけ。

2021/11/30  7:04

投稿者:.
>バカ丸出しでしょう・・・・
これが法主????
そりゃ誰も入信しませんわ・・・・

常泉寺住職時代には牧口常三郎・戸田城聖の指導教師
として草創期の創価教育学会(現・創価学会)を教学
面で指導。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B7%B3

バカ丸出しの人に、指導を受けたのが牧口氏、戸田氏
だって事ですか?www

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