2022/1/12

ホウマツ  
沖浦氏は月水御書がお好きなようである。しかし、委細に見ればその引用はきわめて恣意的であり、日興上人を否定するには不適切の引用と言わざるを得ない。なぜならばこの当時、日興上人はすでに大聖人の御弟子になられてはいたものの、相当の若年者だった。俗な言い方をすればコゾウだった。つまり、月水御書は日興上人を念頭に置かれて認められたものではないのである。例えば、能登房とか少輔房はかなり早い時期に退転してしまったわけだが、御書の各所にその旨の記述がある。当然、良くは書かれていない。同様に、日興上人にも何かしらの問題が存するのであれば、大聖人がその旨を記されたとして不思議はないだろう。とは言え、月水御書がそれに該当するとは思えない。まさかこの時期、日興上人が大聖人に逆らうような言動をしていたとは考えられないからだ。後年の問題はさておき、まずは月水御書の例の御指南について、具体的には誰を想定して認められたものなのか、その辺の考察が必要になるはずである。御書の背景をまったく考慮せず、表面上の文言だけを引用するのは切り文の一種であり、意図してやっているとすれば悪質である。沖浦氏がそんな人物だとは思わないが、まずはその意味でも当該御書についてはその背景から考える必要があるだろう。

さて、顕正新聞の続きである。

東京都知事選では、大阪から何度も東京に駆けつけるほど票集めに奔走・・・

女子部第二百二十一区組長(大阪府)の記事は意味不明である。ようするに彼女は選挙活動に没頭していたことを上掲のように説明しているわけである。しかし、誰の票を集めたのか、まったく不明である。これが都議会選挙であれば公明党の候補者を応援しているとわかるが、都知事選挙では誰を応援したのだろうか?

その意味では隣の男子部第百五十四隊組長(大阪府)のほうがわかりやすい。

 その後、私は大阪の八一部隊長だった元公明党書記長の矢野絢也のもとで・・・

後年、公明党の書記長として名前を馳せる人物のもとで活動していたらしい。創価学会の部隊長なるものがどのくらいの役職なのか知らないが、今の顕正会では男子部長だとか総部長がザラにいる。いわばそのくらいの人たちが政界進出の時に立候補し、次々に国会議員になっていったわけなのだろう。顕正会の場合、いくら頑張ってもそのような見返りは期待できそうにない。不純なことを書いているようだが、現実問題として離脱者が後を絶たない理由の一端がここに垣間見えているのだと思う。

「過去の人」になりつつある安倍晋三

世相閻魔帳第二十三回も面白かった。有名政治家のアングラ情報みたいなものを知りたい人はこれを読むべきだろう。週刊誌などを買わなくてもこれだけ読んでいれば済みそうである。

 年端もいかない若者ならまだしも、一国の宰相だった者の所為にしては軽すぎる。頭の中が軽いからだろう。

安倍さんも顕正新聞の存在は知っているはずである。何しろ全国の演説会場に顕正新聞を掲げる人たちが相当の頻度で出没していたからだ。しかし、本人が中身まで読んだかどうかはわからない。世相閻魔帳の筆者によれば安倍さんは頭の中が軽い人なので、そういうものにはまったく目もくれないのかもしれない。それにしても会長講演における政権批判と世相閻魔帳では内容が違い過ぎる。イマドキの言い方をすれば、後者はいかにもエグイ、エグ過ぎるのだ。

「NHKをぶっ壊す」と主張する泡沫政党を率いる立花孝志(NHK党党首)や安倍をヨイショしていた御用言論人たちよりも少ないとはお笑いだ。

動画サイトのチャンネル登録者数のことである。

しかし、かく言う顕正会はどうなんだろうかと思う。どうやら顕正会でもいわゆるビデオ放映を動画サイトに投稿しているらしく、今はコロナ禍でもあって会館でのビデオ放映ではなく動画サイトで視聴することがビデオ放映の代替となっているごとくである。ところが顕正会ではそれを限定公開みたいな形にして、広く一般には視聴させないようにしているらしいのだ。機械オンチのわたくしにはよくわからないが、そのような細かい設定が可能のようである。結局、これは自分たちのショボさが世間にバレないようにしているだけにしか思えない。それでいて安倍さんをボロクソに言っているのである。そのうち大ブーメランを食らうことにならなければいいのだが・・・

仲睦まじい安倍と藪本容疑者(左)。「類は友を呼ぶ」とはよく言ったものだ

週刊誌類を読まないためか、わたくしは当該人物をまったく知らなかった。いわゆるアベ友の一人なのだそうである。

ちなみに拙ブログのコメント投稿者にしても、類は友を呼ぶ、そのものだと思う。何しろわたくしが相当の変人である。こうして自分で言ってしまうほどなのだ。そして普通はありがたい存在であるコメント投稿者に対しても、わたくしはあまり気を遣わない。同類と思われたくない人は去るべきだろう。

2022/1/16  13:36

投稿者:名無し
>>投稿者:大沢克日子

>>もとより、今までの人生で常に「他人を譏刺」し続
け、標的にネチネチダラダラ嫌がらせを繰り返すような
生き様をしてきた沖浦さんは、「当に風刀の苦を招くべ
き」でしょう。

>>悪影響を受けないように、相手にしない・接しない
ことが大切と考えます。


自分の事は棚に上げて言いたい放題ww
第三者から見れば目くそ鼻くそなのにww

2022/1/15  10:29

投稿者:大沢克日子
「一、問ふ断末魔の時心乱れざる用心如何。
答ふ、平生覚悟すべき事也。一には顕宗論の意に准ぜば他人を譏刺(※)すべからず、人心を傷切すべからず、此れ常の用心也。」
(日寛上人「臨終用心抄」富要集1−261頁)
(※)きし:そしること。あしざまに言うこと。非難すること。

正当な批判や指摘、邪宗邪教の折伏を控えなければならないという訳ではありませんが、知らず知らずのうちに、沖浦氏の悪影響を受けて、必要以上に他者を批判・非難するようになれば、日寛上人の御誡めに一部でも当たることもあるかもしれません。

もとより、今までの人生で常に「他人を譏刺」し続け、標的にネチネチダラダラ嫌がらせを繰り返すような生き様をしてきた沖浦さんは、「当に風刀の苦を招くべき」でしょう。

悪影響を受けないように、相手にしない・接しないことが大切と考えます。

2022/1/15  10:28

投稿者:大沢克日子
(追記)
・沖浦氏の周囲に及ぼす悪影響(常に誰かを標的にし、攻撃し、周りの人をも巻き込む力)は、軽視できないものがあります。

「このような警告書を送りつける上から目線の行動!金に汚い!自己保身のキーワードだとお隣の地域のヒトモドキと全く同じにしか思えませんね⁉︎
もしかして、理事会の方々は通名なんでしょうか?
こんな輩に対峙して、会員を護る沖浦さんを尊敬しますよ」
(Hさんのコメント)

「お隣の地域のヒトモドキ」「理事会の方々は通名」…このコメントは長期間公開されていましたが(現在は消去)、フツウの男性でも、氏の周辺にいて攻撃対象の批判を延々と聞かされているうちに、ヘイトスピーチ紛いの発言を辞さぬほど、憎しみに近い感情を抱くようになります。

また、某大学の名誉教授がJPA不服審査委員会委員長(倫理委員会の処分等を不服とする会員が審査を求める委員会委員長)に就任していましたが、沖浦さんと接するうちに、何故かJPA執行部批判をはじめて、沖浦さんに体制転覆の手法を指南したということです。

最近では、グループ内で「帰り道」と称する特定の人物を「乗っ取り屋」等と誹謗中傷する録音データが数十名の人に配信されたといいます。

どの人も、社会人として普通に生活しているはずの人物と思われますが、三者とも沖浦さんと接するうちに、攻撃対象を強く批判・非難し、貶めようとする言動に走ってしまう。

沖浦氏に親近している訳ではないので、それほど影響を受けないのかもしれませんが、長年接していれば悪影響は免れないでしょう。

2022/1/15  9:04

投稿者:大沢克日子
投稿者:.さん

>>組織とか、幹部とか、師匠とかではありません。
日蓮大聖人への共鳴から離れたら、血脈なんか通いません。

>だったら組織(創価学会)なんか、いらないんじゃないですか?


おはようございます。

「一人では挫けてしまい続かない」
ということで、先輩から
「親近とは信受の異名なり。」
(就註法華経口伝・御義口伝上一七五一・一二)
の御書を教わったばかりです。
なので、ご指摘のとおり、冒頭の沖浦氏の言葉は誤りで、単なる独善に過ぎません。

独りよがり(独善)の姿勢が何をもたらすのか、信仰上においても実生活においても、人生の終盤にさしかかって、沖浦氏の化けの皮が次々と剥がれてきているのを見ると明らかでしょう。

沖浦さんのことはもう相手にしない方が良いと思います。

氏の過去の発言等、投稿者:.さんが指摘されていることも一々もっともで、腐った性根を嫌っていたり軽蔑していれば、その人物の影響は受けにくいとはいえ、

「ああいやだ!埼玉なんて言ってるだけで口が埼玉になるわ!」
(「翔んで埼玉」コミック版より)

という有名な映画のセリフにあるように、嫌っていても・批判していても、朱に交われば赤くなるの道理で、接しているうちに何らかの影響を受けるものです。
(ましてや、親しくしていればなおさらです)

正当な批判とはいえ、沖浦氏の事を余り構っていると段々「頭が沖浦」になってしまい、最後には類友で、似たもの同士になります。

日常生活でも独善化したり、目上の人や人格者、優れた人を何かにつけ批判、悪口中傷して貶めようとしたり、口先ばかり偉そうなことを言って、自業自得で周囲から嘲笑されたり嫌われたりしているのに、被害者意識だけ旺盛になったり、周囲の人を巻き込んでトラブルを起こしたり。
そして、何かと責任転嫁・自己正当化して強がっているのに、その実態は心が空虚なままであったり…

接しすぎると、「口が埼玉」の理屈で、悪影響も出てくるでしょう。
なので、程々がよろしいかと思います。

2022/1/14  21:33

投稿者:.
>組織とか、幹部とか、師匠とかではありません。
 日蓮大聖人への共鳴から離れたら、血脈なんか通いません。

だったら組織(創価学会)なんか、いらないんじゃないですか?

2022/1/14  19:34

投稿者:.
https://ameblo.jp/raketto-chan/entry-12672159792.html

沖浦氏の主張が上掲の丸写しだったことが発覚した。これに
ついて氏は恥ずかしげもなく正当化している。しかもまった
く同じだとマズいと思ったのか、少しずつ文章を変えている
わけである。これについても言い訳しているが、わたくしに
言わせると次のようなくだりが物凄く恥ずかしいのだ。

★弘安七年 甲甲五月十二日甲州身延山へ登山、

普段から真面目に御書を読んでいる人ならば気がつきそうな
ものである。

おそらくは甲申が正しいのだろう。キノエサルである。
十干十二支は現代人には馴染みの薄いものであるが、かつて
は重要だった。ゆえに御書には必ず認められているのだ。

ちなみに、わたくし自身は沖浦氏の書いているものがパクリ
であることを知らなかった。法華講の諸氏がそれを突き止め
た。その上で決定打となるのが甲甲だろう。

コピペであることがほぼ確実である。

https://white.ap.teacup.com/applet/ganko/20211124/archive

2022/1/14  19:22

投稿者:沖浦克治
 皆様、今晩は。

 『譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日
余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何とし
て都の月をば詠め候べき、何としても此の経の心をしれる
僧に近づき弥法の道理を聴聞して信心の歩を運ぶべし。』
 (新池御書)

 どんな理屈を付けても、離れたらだめなのです。
 組織とか、幹部とか、師匠とかではありません。
 日蓮大聖人への共鳴から離れたら、血脈なんか通いませ
ん。

★一切衆生が等しく久遠の南無妙法蓮華経如来である。

 この人類最高の哲学、最良の思想から離れたら法華経の
行者ではありません。

2022/1/14  16:17

投稿者:.
>昨日ジムにバーディップスをセット致しました。

https://www.facebook.com/groups/822164341259374/posts/2122962121179583/

これって、ディップスバーだと思ってました。

2022/1/14  16:08

投稿者:沖浦克治
 43年経ちました・・・・
 よくぞ創価学会を離れなかったものです。
 自分を誉めてやりたい!!

 https://www.youtube.com/watch?v=YYAtimjvidk

2022/1/14  7:35

投稿者:.
>そう言い方は極卒が迎えに来ると仰せです。

極卒とは、「pop'n music」のあさきキャラの一人。
正確には名前の後に「君」が付く。

https://dic.pixiv.net/a/%E6%A5%B5%E5%8D%92

極卒君が、迎えに来るんですか?

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