2005/6/26

もともと拳銃には弾が一発しか入っていない  
こういう理屈はあると思う。

ようするに大将ひとりを仕留めるだけしか用意がない。その一発を使ってしまうと後がない。つまらん相手にぶっ放すわけにはいかない・・・という理屈である。

しかし、宗門では法論する気がない。事実上、法論は不可能である。そうすると、どうなるのか?

まさか先生は、弾を打たずに終わらせるつもりであろうか?

どうせなら、大草講頭に一発お見舞いしてあげたらどうかと思う。

2016/3/4  18:05

大沢殿 どうもです

>いずれにせよ、この頃はまだ本尊複製が云々されていなかったのですから
→いえ、この頃より前から顕正会の偽本尊疑惑は指摘されていました。

妙観講と顕正会が争い始めたのって1988年くらいからじゃなかったでしょうか。「法義上
から反論してみなさいよ」「息の根を止めてやる」は90年頃だったように思います。
亦、その後も妙観講の顕正会攻撃の論点は本尊複製以外の部分であったように記憶してい
ますが、違いますかね?

その頃ならば、偽本尊云々関係なしに大草氏と浅井氏は法論できたように思われます。

偽本尊について云々され始めたのは早くても99年の顕正会本尊についての会長の指導とい
うか説明からではないかと思われます。私がこの事を最初に知ったのは2003年です。しか
し、宗門側からの情報ではありませんでした。それにしても、誰が最初に言い始めたので
しょうね。本尊複製疑惑って…。

>私が法華講員になってから10年以上経ちますが、私が法華講員になる大きなキッカケが
偽本尊疑惑であり、それ以前からの問題ですから。

あゝ、私もそれです。とはいえ偽本尊疑惑そのものが顕正会を怪しむ原因となったのでは
なくて、この件を初め幾つかの事について誰も明確に答えてくれなかった事が原因です
が。

2016/3/4  7:22

投稿者:大沢克日子
>いずれにせよ、この頃はまだ本尊複製が云々されていなかったのですから

いえ、この頃より前から顕正会の偽本尊疑惑は指摘されていました。

私が法華講員になってから10年以上経ちますが、私が法華講員になる大きなキッカケが偽本尊疑惑であり、それ以前からの問題ですから。

2016/3/4  4:36

記事文に就いて

>もともと拳銃には弾が一発しか入っていない  
>こういう理屈はあると思う。

然るに言論というのは、別段幾ら語っても減るものではないのですから、時間さえあれば
幾らでも撃てるような気がしますけどねぇ。

>まさか先生は、弾を打たずに終わらせるつもりであろうか?
>どうせなら、大草講頭に一発お見舞いしてあげたらどうかと思う。

本当にそう思います。何故、あれだけ武器を抱えながら一発も撃たないのか。武器は単な
るハリボテなのか?然るに、当方には明確なる論拠を持った正当で有効な武器のように思
えます。然るに実際に撃ってくれていないので、実践力がどれだけあるのか断言できませ
ん。
いずれにせよ、この頃はまだ本尊複製が云々されていなかったのですから、やろうと思え
ば全然出来たでしょうに、残念です。

2006/1/18  17:03

投稿者:下野正信
 私もだいぶ浅井の毒気が抜けてきたと思うが、それでもまだ上品とはいえないと思うときが多々有る。
 この項における筆者に対しても、「下品で物騒」と言いたい。
 浅井が打てるのはせいぜい水鉄砲である。
 私が相手してやりたいくらいだ。

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