2006/5/26
守護国家論の位置
ちなみに、日蓮聖人が当初は清澄で天台密教(真言系)より学問修行をされていたことは日蓮聖人の教えを学ぶ者の常識です。守護国家論の時点では、大日経と法華経を正法として論を展開され、立正安国論においては法華経が大日経に優れている事を説かれ、徐々に真言系の思想の危険性を解明していくに従って批判を強めていくのです。
これは某掲示板において某氏が書いておられることであるが、わたくしにはいささか疑問がある。
天台密教云々が日蓮聖人の教えを学ぶ者の常識という点については何も申し上げることはない。しかし、この常識という言葉が後ろの文章にも掛かってくるのかどうか、ここに大いなる関心がある。
わたくしなりの意見を申し上げると、守護国家論の時点では法華経と大日経を共に正法としておられ、立正安国論では法華経が大日経に優れるとしておられる、とは拝されない。もし、守護国家論において法華真言斉等とするならば、立正安国論においても同様であると拝さなければならないと思うのである。
本尊問答抄において、愚者は知り難しと仰せられることからすれば、安国論では真言を破折していることになるだろう。ただし、その場合においては、守護国家論も同様と拝さなくてはならないと思う。一見すると斉等に読めるけれども、まさに愚者は知り難しであって、元意においては真言を破折していると拝するべきなのである。
つまり、御文の上っ面だけを読むならば、立正安国論にしても法華真言斉等は免かれない、いや、読みようによっては守護国家論よりも甘い部分があるとわたくしは思う。
その理由をそれぞれの御書から一文ずつ引用して説明したい。
是の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は法華経是なり。常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども、自義に於ては猶当分の得道を許さず。
如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
上が守護国家論であり、下は申すまでもなく安国論である。
大聖人は守護国家論において爾前の得道を許さない旨を表明している。ところが安国論では必ずしもそうではないのである。それの好例がこの御文である。つまり、念仏を一凶と断じてはいるが、その他については特に可・不可を論じていらっしゃらない、読みようによっては「彼の万祈」を肯定しているとも受け取れるのである。
万祈を修するのはけっこうだが、それよりも何よりも一凶たる念仏を禁止することが最優先であると。
もちろん一凶に対応する御文としては最後に出てくる「実乗の一善」がそれであろう。しかし、だからといってこれに真言が含まれないとは明言されていないのである。それどころか、最後の客の言葉には次のごとくある。
我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは・・・
ようするに、これには諸仏・諸経を容認する意味合いがあるわけで、もし主人がこれを認めないのであれば、さらに問答が続くことになるはずである。けれども、ここで終わっているのだから、いちおうはこれがそのまま主人の義でもあるのだろう。
つまり、立正安国論と守護国家論では爾前の得道を許さずとする守護国家論のほうが、むしろ大聖人の義としては洗練されているとも考えられるのである。
もうひとつ、安国論では客の言葉として慧心僧都のことが出てくる。しかし、主人は慧心のことには答えていない。
ちなみに守護国家論では慧心のことが詳しく出てくる。
わたくしの思うに、守護国家論は安国論奏上の後における第二弾の論文としての御用意ではなかっただろうか?
つまり、幕府が安国論を受け入れた場合の用意である。現実には受け入れられなかったので守護国家論は提出されなかったのであろう。だが、受け入れられることを想定して御用意あそばしたと考えなければ、これだけの大論文が存在する必然性は見えてこないと思う。
ゆえに、守護国家論の時期と安国論の時期を別々に考えるのは間違いだと思う。
北林芳典氏などは正嘉の大地震の記述がないのでそれ以前の御書であるとしているが、必ず記述がなければならないことでもないだろう。
わたくしは唱法華題目抄も含めて同時期の御書だとして問題ないと思う。
八月十五日追記:北林氏の説に重大なる錯誤のあることがわかった。以下の新稿を参照されたい。
http://diary.jp.aol.com/ganko/466.html
これは某掲示板において某氏が書いておられることであるが、わたくしにはいささか疑問がある。
天台密教云々が日蓮聖人の教えを学ぶ者の常識という点については何も申し上げることはない。しかし、この常識という言葉が後ろの文章にも掛かってくるのかどうか、ここに大いなる関心がある。
わたくしなりの意見を申し上げると、守護国家論の時点では法華経と大日経を共に正法としておられ、立正安国論では法華経が大日経に優れるとしておられる、とは拝されない。もし、守護国家論において法華真言斉等とするならば、立正安国論においても同様であると拝さなければならないと思うのである。
本尊問答抄において、愚者は知り難しと仰せられることからすれば、安国論では真言を破折していることになるだろう。ただし、その場合においては、守護国家論も同様と拝さなくてはならないと思う。一見すると斉等に読めるけれども、まさに愚者は知り難しであって、元意においては真言を破折していると拝するべきなのである。
つまり、御文の上っ面だけを読むならば、立正安国論にしても法華真言斉等は免かれない、いや、読みようによっては守護国家論よりも甘い部分があるとわたくしは思う。
その理由をそれぞれの御書から一文ずつ引用して説明したい。
是の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は法華経是なり。常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども、自義に於ては猶当分の得道を許さず。
如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
上が守護国家論であり、下は申すまでもなく安国論である。
大聖人は守護国家論において爾前の得道を許さない旨を表明している。ところが安国論では必ずしもそうではないのである。それの好例がこの御文である。つまり、念仏を一凶と断じてはいるが、その他については特に可・不可を論じていらっしゃらない、読みようによっては「彼の万祈」を肯定しているとも受け取れるのである。
万祈を修するのはけっこうだが、それよりも何よりも一凶たる念仏を禁止することが最優先であると。
もちろん一凶に対応する御文としては最後に出てくる「実乗の一善」がそれであろう。しかし、だからといってこれに真言が含まれないとは明言されていないのである。それどころか、最後の客の言葉には次のごとくある。
我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは・・・
ようするに、これには諸仏・諸経を容認する意味合いがあるわけで、もし主人がこれを認めないのであれば、さらに問答が続くことになるはずである。けれども、ここで終わっているのだから、いちおうはこれがそのまま主人の義でもあるのだろう。
つまり、立正安国論と守護国家論では爾前の得道を許さずとする守護国家論のほうが、むしろ大聖人の義としては洗練されているとも考えられるのである。
もうひとつ、安国論では客の言葉として慧心僧都のことが出てくる。しかし、主人は慧心のことには答えていない。
ちなみに守護国家論では慧心のことが詳しく出てくる。
わたくしの思うに、守護国家論は安国論奏上の後における第二弾の論文としての御用意ではなかっただろうか?
つまり、幕府が安国論を受け入れた場合の用意である。現実には受け入れられなかったので守護国家論は提出されなかったのであろう。だが、受け入れられることを想定して御用意あそばしたと考えなければ、これだけの大論文が存在する必然性は見えてこないと思う。
ゆえに、守護国家論の時期と安国論の時期を別々に考えるのは間違いだと思う。
北林芳典氏などは正嘉の大地震の記述がないのでそれ以前の御書であるとしているが、必ず記述がなければならないことでもないだろう。
わたくしは唱法華題目抄も含めて同時期の御書だとして問題ないと思う。
八月十五日追記:北林氏の説に重大なる錯誤のあることがわかった。以下の新稿を参照されたい。
http://diary.jp.aol.com/ganko/466.html
2006/5/27 0:04
投稿者:紺碧
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