2006/5/28

顕正会員の文章傾向  
そして顕正会の清らかさに触れるほどに、学会の醜さを痛感しており、初めて参加した総幹部会のビデオ放映終了後に、私が「何が一番すごかったですか?」と聞くと、「浅井先生が最初から最後までみんなと一緒にいたことです」と語り、聞けば池田大作は集会において途中参加・退出は当たり前だそうで、このあまりに違う信心の姿勢に驚いており、また「下種本仏成道御書」講義を拝聴するや、「はじめて仏様の尊さ、御書の有難さが分かりました。感動しました」と語る姿を見ては、たとえ純粋な信心があろうとも師匠を間違えれば全く大聖人様の御心に叶わぬことを痛感し、正しき師匠に師事し得ることの大事を、今一重かみ締めるものであります。

顕正新聞第1034号の記事である。

この記事を読んで思い出したことがある。法華ちゃんねるの映像資料の中に、池田氏がダジャレを言いまくるビデオがあった。あのビデオはどうなってしまったのだろう、どこかで閲覧できるのだろうか・・・

確かアメリカでの集会だったと思う。そこで池田氏は式次第を無視してひとりでダジャレを言いまくっていた。ぶち壊しもいいところであるが、これがまた面白いといえば面白いのである。こういうのを当意即妙というのであろう。
逆に顕正会の集会はクソ真面目すぎて面白くない。たまには浅井先生もハメを外してみたらどうだろう・・・いや、やめたほうがいいかもしれない。先生の偉いところは、会員の舌足らずな体験発表に忍耐強くちゃんと耳を傾けておられることである。
これが池田氏だったらどうなっているか、わかったものではない。じっとしていられるタイプではなさそうだし、そういうワガママが通用する立場でもあるのだろう。ゆえに、ぶち壊されて困るような集会では、途中参加・退出という作戦を使うのだろうと思われる。

いずれにしても「浅井先生が最初から最後までみんなと一緒にいたことです」というのはすごい。これが創価学会から顕正会に移籍してきた人の感想なのだそうである。

さて、今日のネタはこれでおしまいであるが、あえてヒネリ出すとするならば、「なんだ、このセンテンスの長さは?」という驚きである。
顕正新聞を読んでいると、どれもこれもやたらと長いセンテンスばかりが目立つ。ようするに、句点すなわちマルを打つまでの長さがべらぼうに長いのである。はっきり言って異常である。わざとやっているのではないかと思うくらいである。
そのうちに、いちばん最後までマルを打たない文章があらわれるのではないか・・・

小泉首相の場合は、ワンフレーズ・ポリティクスないしワンセンテンス・ポリティクスといわれる政治手法、いや、話法というべきか、ともかくもこれがおなじみとなっている。
実は顕正会もまたワンフレーズ・ポリティクス的な指導が少なくないわけで、定番としては一念信解がそうであるし、最近では「有難いの三文字と広宣流布の四文字」云々といったあんばいである。

ところがすでに述べたごとく、どういうわけか顕正会員はやたらと長いセンテンスを好むのである。

わたくしは言いたい、広略を捨てて肝要を好むべしと。

2006/5/29  11:45

投稿者:通りすがりのOL
記事の主旨とはまったく異なるコメントなので
もしご迷惑でしたら削除してください。

櫻井よしこさんのことで検索をかけてこちらに
きました。
櫻井さんが法華講員だというのは本当なので
しょうか?
法華講員というのは大石寺の信徒であって
顕正会員とは違うということでしょうか?

櫻井さんの中国脅威論などは浅井会長の論説と
似ているという話を聞きました。
同じ著作を引用してたりすると…
もちろん中国脅威論は櫻井さんだけでなく他の
ジャーナリストや軍事評論家、政治家なども
言ってることなのですが…
櫻井さんの中国脅威論や愛国主義などは立正安国論などの日蓮思想から
出たものなのでしょうか?

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