2006/10/25

全権掌握者は誰か?  
ウィンズさん、ありがとうございます。

おっしゃるごとく、われわれは凡夫ですから未来のことはわかりません。ゆえに現状ではとうてい無理に思えることでも、その望みを捨ててはならないとわたくしは思っているわけです。実際のところ、広宣流布が本当に到来するのであれば、それ以前にこの問題は決着していなければ道理に合わないことになります。ですから早々に問題を解決して、一致結束して広宣流布をめざすべきだと思っております。

れん氏からも貴重なコメントを頂戴しました。ありがとうございました。

保田妙本寺日要師の顕仏未来記聞書に石山義として「三世の諸仏は所生の子、妙法蓮華経は能生の父母でおはします。当門徒の約束に、寺は所生、本尊は能生、本尊は所生、住持は能生。大聖も今は冥益の本尊にておはしますなり」と示されてあり、宗祖迹仏・当代本仏という訳ではありませんが、すでに石山九世日有上人の頃には宗祖冥益・当代顕益が当時の富士門徒において言われていたことは注意されるところです。この法義は上記文書から推するに有師の時代にすでに言われるところで、むしろ石山でも古い伝統法義であり、日顕上人の己義という訳ではないことは、創価学会員・顕正会員は認識するべきでしょう。

これがれん氏のコメント全文である。ひじょうに興味深い内容なので、改めて全文を掲示させていただいた。

おそらく創価学会員あたりが宗門批判のために言っていることなのだろう、日顕上人の御説法がどのような趣旨であるかよくわからないが、なんと上人は自分が本仏で大聖人は迹仏であるとおっしゃったのだそうである。それに対して、れん氏はいわば会通されているわけで、ようするに何も日顕上人がはじめて言い出されたことではなく、宗門の上代よりすでにそのような義が存在していたのだということである。

さらに改めて妙本寺日要の言葉だけを引用させていただく。

三世の諸仏は所生の子、妙法蓮華経は能生の父母でおはします。当門徒の約束に、寺は所生、本尊は能生、本尊は所生、住持は能生。大聖も今は冥益の本尊にておはしますなり

まず、冒頭の一文は、つい先だって能生・所生のことを書いたが、まさにそれである。大聖人の御書には仏よりも法華経を上位に置く御指南がたくさんある。まさに日要はそれを言っているわけである。
しかし、当門徒の約束に・・・以下がひじょうに悩ましい。これはどういうことだろう?

寺と本尊、本尊と住持、この辺の脈絡がよくわからない。
結論として、大聖も今は冥益の云々・・・大聖人よりも住持のほうが偉い、いや、偉いとか偉くないとかではないのかもしれないが、まあ、ぶっちゃけ言えば偉いのだろう。しかし、なぜだろう?

これまた先だっての話だが、法を中心にすると大聖人よりも偉い仏が出現する・・・との考え方が生じる危険性があるとわたくしは書いた。
もしかしたら日要の言っていることがそれに当たるのかもしれない。

寺と本尊、本尊と住持・・・何となく、この表現は卑近過ぎて法義的な匂いがしないのだが、ようは本尊がなければ寺とは言えないくらいの意味ではないのか? 早い話が本尊あっての寺である。ゆえに本尊が能生であり、寺が所生となる。
しかし、本尊は単独で存在し得ない。まさに伝持の人がいなければならないのである。さらにまた、本尊を書き造れる人がいなければ、信徒に下付することはできない。ゆえに住持が能生であり、本尊は所生である。
このように考えるとけっこう単純な話のように感じられる。ようは現役か否かということであり、大聖人はすでに現役を引退している、ゆえに冥益の本尊と表現するのだろう。

おそらくはそれなりの人物が読めば、わたくしの文章はひじょうに幼稚に思えることだろう。それはそのとおりなのだが、そもそも日要の書いていることがその程度なのではなかろうか? しかし、こんなこと書いていると妙本寺の人に怒られちゃうかな?

いずれにしても法を中心に考えると、現在の所有権者がどなたであるかが問われるわけである。
なぜかならば、まさしくそこに全権が集中しているからに他ならないであろう。

2006/10/26  9:48

投稿者:ウィンズ
学会が寄進したのは実際には200ケ寺には及びません。それもへんぴな山の上とか精神病院の跡地とかに建てさせ、しかもひどい手抜き工事です。それに学会が寄進した以外の寺院にまで出て行けコールとは呆れます。

2006/10/26  5:42

投稿者:ヅラ系
私は、入会以来、会長が仏だとか、三徳具備なんて、一度も見たことはありません、個人的にそう思う人はいるでしょうが、聖教新聞も毎日目を通し、学会系の本もかなり読んでますが、一度もです、しかもウィンズさんは頻繁にとまで書いてますが、私の入会以前の話かな、学会批判てのは、いつまでも引っ張りますね、しかも、犯罪者の言う事でも学会批判であれば、無条件で鵜呑みにする、顕正会(浅井会長も)宗門の皆さんの、見識の深さには、頭が下がりますね、さて、日顕発言については記憶が定かでないので、正確に調べてお答えしますので御時間下さい、それと私は、八面六臂の活動などしていませんよ、聖教の配達や会館警備は、流石にサボレませんが、普段の会合などは、飲み歩いててすっぽかしたり、学会員が来ても、めんどくさいと居留守つかうし、全然活動してない人より少しマシかな、って所です、学会は、350もの寺院の寄進、莫大な金額に昇るご供養をそれこそ必死でしましたが、私は、入会した時から寺なんてどうでもよかった、この気持ちは、回りの学会員も驚いてました、管理人さんも学会員も、もっと驚くかもしれないのはもし大聖人が現代に表れたら、宗門に対し「大御本尊が欲しいならくれてやる、私は民衆の側に立つ」って本気で言うと思ってる、私は変わってんです。

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