2007/10/29

ダメ顕のむかし話  
めずらしい人たちからコメントが寄せられた。

富士川氏のウソは、どこまでが本当でどこまでがウソなのか、そこがわからない。いつもそうなのだ。そうやって楽しんでいるふうなのである。

常与師倶生氏は本当に久々である。前回のコメントがいつだったか、にわかには思い出せないくらいだ。
それにしてもゴキブリ云々には恐れ入った。ある意味、ゴキブリみたいにシブトイのが顕正会の特徴ではあるのだが、ゴキブリに譬えられて喜ぶ人はいないだろう。そういえば、小野不一氏は幹部のことを、ゴキブリみたいな連中だと書いている。もちろん、創価学会の幹部のことだ。大したものである。

おそらく富士川氏であろう、ずいぶん昔にどこかの掲示板で、大創価学会が小顕正会など本気で相手にするわけがない、ということを言っていたはずである。今回の常与師倶生氏のコメントも、大筋で同じ意味のことを言っているのだと思う。

わたくしの思うに、創価学会はそれなりに顕正会の存在を意識している。どの程度であるかはわからないが、まったく眼中にないというわけではないと思う。

なぜならば、どこで調べてきたものか、わたくしのようなダメ顕のところにも、見ず知らずの創価学会員が訪ねて来ることがあったのである。今、記憶に残っているだけでも五六回、十回までは行かないが、ともかくまったく面識のない人がいきなり来るわけだから、それなりに鮮明な記憶として残っているのである。
単独で来た人もいるし、複数で徒党を組んであらわれたこともある。今でも五人の顔が思い浮かぶ。同じ人間が二度三度来たこともあるので、述べ人数では十人以上来たことになるだろう。
もっとも二十年間での話だから、大した頻度ではないのかもしれない。

さて、幸運にも・・・と言うべきか、わたくしは平成二年以前の状況を目撃している。この経験は、もはや今の顕正会員には絶対に味わえないものである。

どういうことか・・・

平成二年以前、もしかしたら元年だったかもしれないし、あるいは昭和六十三年かもしれない。いや、その人物は二回来ているので、最後は平成二年だったかもしれない。
おそらく顕正会の、いや、妙信講の古参の人たちは多かれ少なかれ経験していることだろう、創価学会員は論に詰まると必ず言うのである・・・いわく、しょせん顕正会は猊下に背いているからダメなんだよ、と。
それをわたくしは、この耳で聞いているのだ。しかもその人物は、こちらがまったく意に介さないことに業を煮やしたものか、スゴイことを言ってきた。

だったら、今からお寺に行って、どちらが正しいか御住職に聞いてみるか?

さすがにわたくしも困った。それはこちらが不利だからだ。ゆえに、動揺を押し隠しながら、

その必要はない

と応じるのが精一杯だった。

あるいは今の創価学会員にはウソのような話に聞こえるかもしれない。だが、本当の話である。
当時からの創価学会員で、今も冷静さを失わない人物ならば、確かにそうだったことを認めることだろう。
とりわけ五十二年問題以降はその反動とも言うべきか、猊下を持ち上げる傾向が強まっていたのだ。この辺の文証は法華講員が詳しいことだろう。

ちなみに例の人物はそれ以降、わたくしのところには来なくなってしまった。それはわたくしにコテンパンに破折されてしまったから・・・ではなく、いわゆる宗創戦争が勃発してしまったがために、今までの論法が使えなくなってしまったからである。何しろ、住職に創価学会と顕正会のどちらが正しいかを聞いてみる、などということは、ブラックジョーク以外のナニモノでもなくなってしまったのだから、さすがにバツが悪くてわたくしの前には出てこられないに違いないのだ。

ずいぶん昔の話であるが、ふと思い出したので、書いてみた。

2007/10/29  23:22

投稿者:山門入り口
今回は辛口の内容かと思っています。
少しひいき目で^^ 
細かい検証をするほどでもないですしね。

取りあえず、最新のファイルUPしました。

10月日曜

http://www.mediafire.com/?1mxmhejgz41

H19年御大会式

http://www.mediafire.com/?5xevlnmybzx

2007/10/29  21:41

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん

 私がお寺に行くと住職が逃げます。

 どうしたもんでしょう〜〜??

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