2007/10/31

悲しい現実  
沖浦氏より、一宗一派をたてろ、という意味のコメントを頂戴した。おおむね、これまでの経緯を踏まえるならば、納得できる話である。ようするに、わたくしが顕正会にとどまっていることの不可解さを、感じておられるわけだろう。数日前の、水無月氏のコメントも同様だった。
しかし、さすがに一宗一派などという、そこまでの野心をわたくしは懐いていない。ただひたすら毎日、思っていることを書いているだけの話であって、それで何かをたくらんでいるわけではないのだ。
第一に、一宗一派を云々できるほどの才覚はないし、人望もない。文字どおりのダメ顕なのである。

さて、実は昨日の拙稿には、重大な過失があった。もし、真面目な顕正会員から指摘されたならば、ひとたまりもなかった。即刻、責任を取って、ブログを閉鎖しなければならないくらいの過失である。

円妙院日彰上人は、化儀に関しては権威といわれていた。

わたくしは浅井先生のこの発言にケチをつけた。おそらくは裏付けのない話であって、先生が勝手に言っているだけであろうと。さらには、デッチアゲとまで書いてしまった。

しかし、わたくしが間違っていた。浅井先生の話には、ちゃんとした根拠が存在したのである。それは妙光寺のサイトに厳然と出ている。

 明治、大正から昭和初期の折伏の法将として、東都の弘教に邁進され、目黒の妙眞寺、目白の妙國寺、大森の梅屋敷や中華民国の上海、樺太の眞岡の教会所を開設された大慈院日仁贈上人、総本山第63世の法燈を継がれた日滿上人、昭和の激動の時期に宗門を支えられた富田阿闍梨堅持院日法贈上人、化儀の大家として知られた圓妙院日彰上人、鉄筋5階建ての大納骨堂の建設と本堂・庫裡を近代的な鉄筋コンクリート建ての大寺院へと面目を一新され、また雄弁をもって知られた大東院日明贈上人、永年にわたり宗会議長また寺族同心会会長として尽力せられた常照院日修贈上人等の妙光寺の百年に及ぶ御先師の御事跡を拝しますとき、ただただ我が身の浅学と菲才を恥じるばかりであります。

これは高照山妙光寺開創百周年記念法要の時に、尾林広徳(日至)師が述べられたものである。平成八年のことだ。

化儀の大家として知られた圓妙院日彰上人

ようは浅井先生の発言を、実質的には現宗門が論証しているわけである。

それにしても現在の顕正会には人材がいないのだと思う。もし顕正会に人材があふれんばかりにいるならば、わたくしなどは木っ端微塵に粉砕されてしまうことだろう。しかし、そこまでの人材がいないというのが現実なのである。

2007/11/1  6:49

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん、おはようございます

 法華講ってもう駄目みたいですね。
 対話会話ができません。
 自分たちの価値観を無理強いするだけです。
 やくざと同じです。

2007/11/1  6:45

投稿者:沖浦克治
>そもそも日蓮正宗における化儀を定める権能は御法主上人にましまし、その体系的な明示は日有上人化儀抄にはじまり、時代の変遷に伴い変化はある。
 これが基本なのであり、大綱においてはどこのお寺も間違いはなかったのである。


 念仏も、真言も、キリスト教も、回教も、おんなじ趣旨の事を言いますよ。

 うちでこう決めたんだ!
 
 はいどうぞご勝手に。

 こんな勝手な理屈はこれでしまい。
 説得力はゼロ。

2007/11/1  6:42

投稿者:沖浦克治
 ワタナベ君

 日蓮正宗の内部規定はそっちで勝手に決めて守っていいんだよ。
 他宗には無関係なんだよね。
 法主??
 要らないよ、余分なものは。

2007/11/1  0:00

投稿者:渡辺雄二
習いそこないの"浅い"顕正会。
 「化儀の大家」との言葉尻を捉えて、「平僧にも化儀を定める権能があった」と浅井は言わんとしているのであろうし、見事にそれに巌虎氏もはまっているようである。
 習いそこないである。
 そもそも日蓮正宗における化儀を定める権能は御法主上人にましまし、その体系的な明示は日有上人化儀抄にはじまり、時代の変遷に伴い変化はある。
 これが基本なのであり、大綱においてはどこのお寺も間違いはなかったのである。
 しかし、日達上人のお代までは末寺で五名まで得度を許していた。そのため、細部に至っての徹底までされていなかったことは否めない。
 法類によって些少な異なりはあったであろうし、時には「ちょっとそこは違うだろう」ということもあった。
 その、「ちょっとそこは違うだろう」をやっていたのは松本日仁である。
 妙教誌に古い時代の妙縁寺墓地の写真が写っているが、塔婆には首題七字が書かれている。塔婆には妙法蓮華経の五字までしか末寺住職には許されていないのである。
 こういった細かいところに関する周知徹底という意味で円妙院様が「化儀の大家」といわれたのであろうことは用意に推測できる。
 しかし、勤行ならびにこと御本尊に関しては、御法主上人によりお定めになられたことは日寛上人の筆記にもあきらかである。
 "浅い"顕正会はこういう時だけは日寛上人をどこかに引っ込めてしまって、都合の良いもので代替する"浅い"智慧に長けている。
 しかし「化儀の大家」といわれた円妙院様ではあるが、晩年は「歳を取って余計なことをいうようになった」と日達上人が歎かれていたことをよく考えるべきである。
 "浅い"考えでは仏法は習得できない。
 あぁ、所詮は不相伝家でしたね。
 ご無礼をしました。

http://www.geocities.jp/shimono_masanobu/

2007/10/31  22:21

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん

 なるほどそうですか。

 では、創価学会で私と一緒にやりましょう。

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