2007/12/29

ビシビシ派とヒシヒシ派の争い?  
今日は年末合併号(第1088号)の話題である。三面の下段に三条会館の記事が掲載されている。以下はその記事からの引用である。

 三条会館は平成十六年七月の大洪水により一階部分が浸水して以来、同年に新潟会館が新設されたこともあって閉鎖されていたが、今回、耐震強度不足で長岡事務所を閉鎖したことから、急遽、三条会館を全面改修し、このたびの再開となったものである。

同じ新聞の第七面には、以下の文章がある。

 歴史的本年を締めくくる最終法戦も残り一日と迫った十一月二十四日の夕方、私のもとに届いた本部通達に大衝撃が走りました。
 「長岡事務所の耐震強度が著しく不足しているため、事務所は明日をもって閉鎖。そして十二月上旬に三条会館を再開する」との内容に目が釘付けとなり、切迫する巨大地震に身震いすると共に、新潟顕正会員の身を案じて下さり、危険が判明するや直ちに事務所の閉鎖をご決断下された浅井先生のお心が、ビシビシと胸に迫ってまいりました。


わたくしはちょっと腑に落ちないものを感じている。その理由については、今月の初旬に書いた拙文を参考にされたいと思う。

http://diary.jp.aol.com/ganko/950.html

どうも前回の記事と今回の記事では、ニュアンスが違っているように感じられるのだ。
あるいは、わたくしの場合は疑いの気持ちが先行してしまって、それで納得ができないという可能性もある。もしかしたら、ごく普通の人が読めば、それほど不審に思わないのかもしれないという気もするのだ。

いずれにしても、大した問題ではないので、考えるだけムダなのかもしれないが・・・

さて、上掲の文章には「ビシビシ」という単語が出てくる。以下は、これについての所感を書くので、必要のない人は読まないほうがいいだろう。それこそ時間のムダである。

 明年五会館、再来年三会館と、全国各地に矢継ぎ早に広布の布石を打たれる浅井先生のお姿に、一気に広宣流布を進めんとのご決意をビシビシと感じるほどに、(以下略)

 厳然とそびえ立つ、地方会館随一の(千葉)会館の威容には、大聖人様御誕生の地そして三大秘法弘通の戦いを開始された房州に、何としても広宣流布の大熱風を巻き起こさんとの先生のお心が強く籠められていることを、ヒシヒシと感じたものであります。

この二つの文章は、同新聞の第四面に出てくるもので、それぞれ男子部の第五部長と第七部長のものである。

ビシビシとヒシヒシ・・・

顕正新聞を毎回くまなく読んでいると、そこらじゅうに出てくるのがこの二つの言葉である。で、これらは本来、別々の言葉なのであるが、どうも文脈上から判断すると同じ意味で使われているようなのである。
たぶん、ビシビシはヒシヒシの誤用だと思う。
おそらく古いタイプの人間は、上掲のような場合にはヒシヒシを使うはずで、ビシビシは絶対に使わないはずである。もしかしたら、最近の流行り言葉というか、言葉は生き物なので、最近はビシビシも市民権を得つつあるのかもしれない。

申すまでもなく、浅井先生はヒシヒシ派である。

では、ビシビシ派は誰かというと、城衛男子部長である。それから第二婦人部長と第三婦人部長も、ビシビシ派である。

ビシビシ派とヒシヒシ派・・・

おかしな話である。

2007/12/31  0:08

嘲斎坊様
現時点ではあのようなスタイルが、私どもに出来る最善策との考えから、このような方法を採りました。
「当事者の告白」が得られれば、局面は急転するものと思われます。
ご意見をお待ちいたします。

http://www.kensho.jpn.org/

2007/12/30  20:43

投稿者:譲二
裏切るとすれば、一時期冷遇されていたあの方か?

2007/12/30  18:05

投稿者:如月
>わたくしはちょっと腑に落ちないものを感じて
いる。

同じく。

新聞寸評やめろと言っているのに、続ける。

そろそろ年貢収めさせましょうか。

2007/12/30  10:23

投稿者:山門入り口
>是正協議会なるハンパな格好でなく、顕正会員なら誰もが知る人物が、実際の当事者として、この問題の真相を告白したとき、かつてない激震が襲うことでしょう。

私が知ってる人物だとすると、自由に身動きができる状況になるまで、無理なのではと思っています。
私も、真実の告白を良心があるなら、してもらいたいと切に願うばかりです。

http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2007/12/30  9:24

投稿者:嘲斎坊
その人物が口を開くか否か、現段階では極めて微妙なところで、本人の気持ちも揺れてます。でも、わたしは、その人を信じます。胸の奥の正義感が行動を起こさせることでしょう。

あと。巌虎さんにひとこと。
わたしは「ひしひし」「びしびし」ともに使う両刀遣いです。たまに皆に気づかれないようにしながらも、登壇で「ぴしぴし」と発音してるときもありました。
でも巌虎さんの着眼点、好きです。

2007/12/30  8:36

投稿者:沖浦克治
 これらの邪説は寛師からのものでしょう。
 寛師教学の否定しながら、寛師を利用するしないは、純粋に創価学会の問題です。
 大聖人様は釈迦仏法を否定され、特に爾前経は完全に否定なさいました。
 然しながら、爾前教を大量に引用なされておられます。
 当時、大聖人様に対する批判は、法華経以外を否定しながら何故爾前経を引用するか?
 と言うものが大半であり、その時代にはそれなりの説得力を持ったのです。

 創価学会は寛師を利用しています。
 公然たる事実です。

 創価学会員でも、これは矛盾だとして日蓮正宗に残るか鞍替えした人もおられます。
 その行為はその方々のご自由ですしお止め致しません。
 現在でもその疑問をお持ちの創価学会員は、どんどん日蓮正宗に鞍替えすべきだと本気で考えています。

 私は、寛師教学を否定しながら、寛師書写のご本尊様を御形木様として御安置申し上げる事は、全く問題が無いと思っております。

 この問題は創価学会の純粋な内部規定ですし、嫌なら創価学会を退会すればそれで解決できるのです。

 嫌ならさっさとやめる。
 納得なら残る。

 どっちでもOKですよ。

 寛師は爾前の教えですが、一面の真理です。
 書写は大聖人様のおめがねにかないます。
 ですから利用いたします。
 嫡々一人、戒壇様本懐論は大聖人様のお怒りを受けます。
 捨てました。

 こう言うことなんですね。

 目くじらたてて浮かれ騒ぐほどのことではありません。
 
 寛師の教学は、幕末の、攘夷。です。

 やれない事がわかりきっていても、幕府を倒す大義名分で利用したのです。

 戒壇様本懐論。
 嫡々一人。

 同類項ですよ。

2007/12/30  8:34

投稿者:沖浦克治
 嫡々一人への間違った妄信は、日蓮正宗の致命的な教義の欠陥です。
 嫡々一人は、日蓮正宗だけに通用する現時点での内部規定にすぎません。
 事実、創価学会は日蓮正宗のころ、この考えを採用しておりました。
 然しながら、めでたく独立より後はこの教義を捨て去っております。
 それによる弊害は全く出ておりません。
 これは、嫡々一人が単に日蓮正宗の内部規定にすぎず、他宗には全く影響力の無い根拠薄弱な邪説。である事を如実に物語っております。

 戒壇様本懐論も、日蓮正宗固有の内部規定になりつつありますね。
 創価学会は近年会則を改めました。
 戒壇様本懐論は削除しております。
 現時点でこの教義は、古参の創価学会員の間に薄っすらとその影を残す程度です。
 暫くして消えてしまうでしょう。

 この点でも、創価学会員は何ら不自由を感じておりません、
 戒壇様本懐論も、極小宗派の内部規定の邪説。と、断言ができますね。

 大聖人様が御本仏。
 御書直結。

 これらの二つはそのままにしておりますね。
 一つでも変更していれば創価学会は壊滅したでしょう。

 この事実を比較して浮かびあがる事があります。

 嫡々一人。
 戒壇様本懐論。

 以上の二つは捨て去って何ら不具合が発生しなかった。

 大聖人様御本仏論。
 御書直結論。

 この二つは大聖人様の仏法を奉じる門下として絶対条件であった。

 結論は、

 嫡々一人と、戒壇様本懐論は邪儀であると言う事実が創価学会の会則変更により証明されいる。

 こう言う事ですね。

 極めて簡潔な道理です。

 

2007/12/30  8:12

投稿者:譲二
顕正会員なら誰でも知る人物の告白、これは現実にありそうですか?訴訟の件とあわせてマスコミが騒ぎ出せば、顕正会は大変なことになりますね。

2007/12/30  8:05

投稿者:嘲斎坊
布師のこの一件は、たとえ全員の知るところとなったとしても顕正会員にとって大騒ぎする問題にはなりません。事実、もう既に、かなりの人達がこの事実を認識してますから。
その理由はいづれ機会があればのべますが、それより本尊問題のほうが会員に与える影響ははかり知れないものがあります。
是正協議会なるハンパな格好でなく、顕正会員なら誰もが知る人物が、実際の当事者として、この問題の真相を告白したとき、かつてない激震が襲うことでしょう。

2007/12/30  2:02

投稿者:山門入り口
顕正会員にとって重大問題を一つ。
「御高徳の日布上人」と如何に顕正会にある御本尊が〜て、表現してる新聞紙面ですが、顕正会流の考え方で言うならば、問題がある事を隠してますよね。

学会系HP等では、取り上げていますが、他宗、未入信の者を大御本尊様にお目通りさせた。
また、ネットでも流れてますが、大御本尊様の写真は、この時に許可を頂いて撮影された物であります。

日達上人。日顕上人に対して、謗法・不敬などと言っておりますが、日布上人はそれに当たらないのか?
会員は知らないからって、黙殺なんでしょうかね?
ただ、両上人を誹謗したい為めの口実だとも捕らえられる行為ではないでしょうか?

ちなみに、化儀の上では問題ないと法華講系HP等では言っているので、浅井会長には、なぜ違いがあるのか明確な説明をして貰いたいですね。
やっぱり、ご都合なのでしょうか?・・・

http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

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