郡家駅前 神ウサギ〜私都を通って酒賀神社へ。
実はこのたびのミステリーツアーに向けて、まだ未発見のことはないのかな、と私は、地図を取り出してにらめっこしていました。あいにく、今回は地元に戻って現地へ行ったり、図書館へ寄ったりする余裕がなかったので、あとは地図を見て、何か見つけ出そうとしていたのです。すると、またまた発見しました。それがこの地図に書き加えられたその他の点と線の位置関係なのです。
鳥取市の稲葉神社と天神山を起点として面影山、八頭町の白兎神社、大江神社を貫く南北のラインを中心線として、夏至の日の出の方角、冬至の日の入りの方角、夏至の日の入りの方角、、冬至の日の出の方角、春分・秋分の東西の方角を意識して、因幡・八上に計画的に大切な祭祀の拠点が置かれて、それに伴って村々ができていったらしいことが分かりますね。道の駅清流茶屋かわはらもそのような意図のもとにこのライン上に作られたのでしょうか。
この中で因幡の白兎に関連するところをピックアップしてみましょう。
青谷町には大己貴命と八上姫を祀る潮津神社があります。そこから夏至冬至ラインを引くと、霊石山伊勢が平、八頭町池田の白兎神社付近を通ります。用瀬町の犬山神社は大己貴命と八上姫のお住まいであったところ、と言われていますが、その真北に先ほど訪れた都波只知上神社、お二人の御子神である御井神を祀る黒木神社があります。黒木神社の北西方面、夏至冬至ライン上に八上姫のお墓といわれる嶽古墳があります。また、賣沼神社社殿は黒木神社の方角に向いています。黒木神社は神社としては珍しく西向きで、ほぼ嶽古墳・賣沼神社の方向を向いています。
因幡の地名由来といわれる稲葉神社の真北に天神山がありますが、天神山の夏至冬至ライン上に岩美町の御湯神社があります。ここは今回訪れることはできませんが、大己貴命、八上姫、御井神を祀っている神社です。また、その場所は白鳳時代の古代廃寺跡があるところでもあることに注目です。
稲葉神社の真南に瀬織津姫を祀る桜谷神社のある面影山、そして八上、福本の白兎神社、大江神社が位置します。面影山の夏至冬至ライン延長上に東南の位置に若桜町氷ノ山の氷ノ越えの峠があります。氷ノ越えとは因幡と但馬の国境で、昔伊勢参りが盛んだった頃に通っていたところです。その昔、天照大神が氷ノ山の樹氷をご覧になって、和歌を詠まれました。そして氷ノ越えの峠をお通りになってお帰りになったということで、人々はその跡をたどるようにして、伊勢参りをしたわけです。この氷ノ越えの峠には昔因幡堂があり、そこには兎の神が祀られていたのです。
八上の中心の夏至冬至ラインにふたたび注目しましょう。南西の基点には大己貴命と八上姫の伝承地、多加牟久神社がありますが、その反対、北東の延長上には国府町の栃本廃寺があります。ここも白鳳期に創建された古代寺院跡です。つまり、おそらく縄文時代以前に作られた白兎夏至冬至ライン上に、白鳳期になって意図して古代寺院が創建されたという訳です。岡益の石堂にも古代寺院があったようですが、ここは若桜氷ノ山の因幡堂へと伸びる面影山の夏至冬至ライン上に位置しているのです。単なる偶然でしょうか。
補足 白兎の小使いの新説!!!!!!
因幡における白鳳時代のかなりの数の廃寺が、仏教導入の前から存在していた、聖地を結ぶ夏至冬至ライン上に位置していることは、今回のミステリーツアーの事前調査で新たに判明した事実です。