テキスト探し

2008/3/28 | 投稿者: KINOSHITA

 3〜4月にアカペラ曲集と歌曲集を書く予定だったのですが、とにかくテキスト選びに苦労しています。特に合唱の場合テキストはほとんど好きな詩を使ってしまったせいか、いくら探してもコレ!という一目惚れする詩に出会えません。たくさん存在しているはずなんですが・・。結局アカペラはヴォカリーズでいくことにしました。
 歌曲集は詩選びに悪戦苦闘しながらも、なんとかチクルスにできそうなテーマが決まってきました。最初は訳詩だけで行こうと思ったのですが、訳詩の新しいいいものって案外出ていないんですよね。アンソロジーで可愛い絵本になっているようなものは時々ありますが、それすら意外なほど早く市場から消えてしまって図書館にも残りません。
 クリスティナ・ロセッティなどいい訳があればいくらでも読まれそうに思うのですが、最近編まれた訳詩集はないようです。古いものなら岩波文庫の入江直祐さん訳の詩抄が復刊されましたし、中村千代さんの訳詩も国会図書館でマイクロフィッシュ保管されているものをコピー(ちゃんと合法で)させてもらいましたが・・どちらも名訳で格調高い文語で書かれていて文学的価値は高いですが、曲をつけるのにはちょっと難しすぎる。訳詩にはある意味寿命があるように思います。時代ごとのいい日本語で書かれた訳が欲しいです。

 そんなことで最近ずっと作曲よりテキスト選びで大型図書館や都立図書館、国立国会図書館など出掛けては一日詩選びしていたのでもう疲労困憊です。港区にある都立中央図書館にいったら、全集は多いものの普通の詩集などはほとんどなく、そういうものは多摩図書館に移転したとのこと。でも多摩図書館に行ってもほとんど閉架でしかもネットで検索してもそれほど多く引っかかってきません。

 しかたないので永田町の国立国会図書館まで探しに。
クリックすると元のサイズで表示します

こちらも古いものはマイクロフィッシュに保管されていて読めるのですが、意外なほど新しい(昭和期の)詩集が少ないように思いました。今夥しく出版されている本も、もしかしたら全然後世に残らないのでは・・。国会図書館は新館ができてコンピュータもたくさん導入されたのですが、もとは一回四冊まで閲覧させてもらえたのに今は一回三冊までなので、待ち時間の長さにぐったり。係員の方が大勢いて親切にいろいろ教えてくれるしコンピュータも多いのですが、それにしては効率が良くないような気がしました。私が図書館というものに慣れていないだけなんでしょうか。

クリックすると元のサイズで表示します
国立国会図書館の向かいは国会議事堂。横から見た図。



2008/3/29  7:02

投稿者:KINOSHITA

実は国会議事堂の正面に回っても写したのですが、
横顔のほうが趣きがあったので・・。

器楽にシフトというと、もう歌を書かないようで大げさでしたね。
反省反省・・。
夢醒めさんのアイデアがとても面白く器楽的な発想だったので
私の中の器楽魂が活性化したらしいです。
ぺんぎんさんを心配させてしまって申し訳なかったですが
これからは両方バランスよく書きたい、ということです。

でも器楽が増えていく(いる)のも事実なので、たまには聴いてみてくださいね。

2008/3/29  2:17

投稿者:ぺんぎん

心動かされる詩に巡りあうのは、大変な道のりだとご拝察します。

でも、でも、どうか、器楽にシフトしていく・・なんておっしゃらないで下さい。
今日も、「ユレル」を練習してきたばかりなのに。どうか歌曲も合唱曲も見捨てないで下さい。

2008/3/29  1:01

投稿者:ダヴィデヒデ

お腹をすかせた狼のように、詩を探しておられるお姿を想像し、感動すら覚えております。 それにしましても国会議事堂の横顔って、本当に初めて拝見するように思います!

不思議な感動を覚えます・・・福田さんの悲鳴とか絶叫とか聞こえてきそうです・・・

2008/3/28  22:16

投稿者:KINOSHITA

詩は詩人のものなので、大きい省略は出来ないと思った方がいいです。大きいデフォルメなんてやったら訴えられてしまいます。
私の場合は大きく省略するくらいなら、詩を使わず器楽を書いたほうがいいです。たぶん最近詩を選ぶのが苦痛なのは、今後だんだん器楽にシフトしていく前兆だと思っています。

2008/3/28  18:03

投稿者:夢醒め

テキスト探しは大変だと思います。
作曲前段階として、詩によって感動し触発されるかどうか。そして楽音として具現化できるかどうかですよね。

先生の作品におかれましては、詩の一部を省略したものがあります。作曲に当たって、詩の持っているイマジネーションが、返って歌詞によって制限を受けてしまうことがあるからだと思います。
いっそのこと大きく省略してはどうでしょうか?大きなデフォルメといっていいのでは?
逆に「アー・オー・ルー」などヴォカリーズを増やしたほうが、作曲に当たってイマジネーションが具現化しやすく、骨太の作品になる気がするのです。当然詩人への許諾も必要かと思います。

若輩ものの浅はかな考えですがダメでしょうか?

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL