2012/11/26  14:50

音楽「バンド」  

今日は天気も雨、外出も出来ず、憂鬱でも有り、写真の整理でもしようと取り掛かる。整理中懐かしい写真を見つけた。というのは当時アルバイトをしていた。キャバレー{うるわし}で専属バンド演奏をしていた頃の写真である。

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   「昭和41年3月」撮影 キャバレー{うるわし}ホステスも80人以上居り。岡山では当時中堅クラスのキャバレーであったが、高度成長時期もあって毎晩満席で賑やかであった。

此の時のメンバーは5人、「テナーサックス・ギター{私}ピアノ・ベース・ドラム」
メンバーは岡山でも錚錚たる人達で、ショーの譜面でも初見で演奏出来、気の合った者同士で毎夜楽しんでいた。

当時ショ―は歌手の方が多かったが、ヌードダンサ―・アダジオ・漫才・手品で、3日間のショ―で日2回のステージであった。

歌手は往年の東海林太郎・灰田勝彦・霧島昇・田端義夫・藤山一郎・ディックミネ等で、若手では美川憲一・森真一・八代亜紀・北原健二等、

東海林太郎さんはテレビで観る通り直立不動で、人柄も良く気さくな方である。又灰田勝彦さんはショ―の時{野球小僧}を唄う時には、休憩時間にテニスボールにサインをしたのを客の席に投げて、客の取り合いで盛り上げていた。
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 昭和42年2月同じ{うるわし}だが節分祭に撮影したもので、メンバーはペットが新規に加入する、またサックスとベースが入れ替わった。

此のキャバレー{うるわし}も経営者がマンモスキャバレーを開店させたので{うるわし}店名を移動し元の{うるわし}は店名{火星}に変更

店名が変わったのを期に専属バンドもカルテットに成り、ギター{私}とピアノは移動せず新規にドラムとベースが入れ替わる。残念ながら此の時のメンバー「ピアノ・ベース・ドラム」の方たちは他界されてしまい、現在私一人となってしまう。

此の時のステージ写真は無いが、バンドをしていて、このメンバーが最高であった。
曲もテイク・ファイブ{4分の5拍子}・トルコ風ブルーロンド{8分の9拍子からアドリビソロ4拍子で終わりは元に帰る}
どちらも{ディヴ・ブルーべック}ピアノが演奏している。

演奏曲もモダンジャズが多く、アドリブ演奏が楽しかっつた。アドリブも二度と同じ事は弾けず。その日の体調で気分が違い演奏も変わってくるし、乗りの悪い時もある。
昼間は会社{経理事務}夜は専属バンドで睡眠時間も程々{一日3〜5時間}の多忙な日々であったが毎日が充実していた。
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当時私が使用していたピックギター{ジャズ専用ギターです}現在も大事に持ってます・
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