2016/8/31  15:53

音楽「ギター」3弾  

当時はバブル最高の時代で、岡山にはキャバレーが大小併せて15軒位あったし、また高級クラブ等も有ったのでバンドの数は多かった。

大きなキャバレーでは「アジア」「あかつき」「富士」「ファンタジア」「うるわし」「烏城」「火星」「店名を思いだせない店」等で、中位は「アルバイト・サロンニュー山陽」「サンフランシスコ」「月光」「キリン」「マキ」「アリラン」「ハンキュー」などである。

「ニュー山陽」ではショ―タイムは、80%ストリップで有った。その後約半年ほどしてから「マキ」に引き抜きされ、ショーは歌手が、当時は「東海林太郎・灰田勝彦・霧島昇・田端義夫」「ディック・ミネ」「菅原都々子」他全盛時代の大物歌手が来ていた。

その後は「うるわし」「烏城」「火星」等を転々と、此の時代の歌手は「森真一」「青江三奈」「美川憲一」等で、手品では「ジェンジ―北京」「漫才」「ストリップ」「アダジオ」
といろんなショ―が来ていた。

バブル崩壊後はキャバレーも殆ど姿を消して、クラブ・スナックに移行、私もバンドを辞めクラブのピアノ・エレクトーン弾きと結婚式の披露宴等に転向したが、あくまでもアルバイト、
昼間は会社勤めをしていた。、キャバレーが無くなってからは、ギターも弾く事が無くなっていたが、定年後65歳の時、高島公民館の館長に依頼され、ギタークラブを始めて現在に至っている。

ギターも何十年も弾く事が無かったので、1からのレッスンである。当初は左手とピックを持つ右手が合わず慣れるまで少々時間が掛かった「w」

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「キャバレーうるわし」での演奏風景、当時28歳頃」
3回に亘ってギターのプロフイールを紹介してきたが、当時の事を思い出すと懐かしい、特に気のあった人達との演奏は、気持ちの良いもの、ッ―と言えばカーで楽である。
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2016/9/9  8:16

投稿者:i6bworld

はるすみさんへ
当時のバンドマンは、アルバイトの方が3分の1位いましたので、仮にフルバンドの方の欠員が有ると、コンボバンドの人が代役をする為、器用な人は楽器を3ッつくらいはしていましたね。私の場合はコンボでギター、フルの時はピアノでした。
又フルからコンボに変わる時にワルツの曲を弾いていましたのでそのお陰で何とか出来ていました。
この時はクインテットでしたが、その後はカルテットで次ははトリオでしていましたが、ギター奏者はキャバレーが無くなり辞めて、高級クラブで2軒掛け持ちでピアノとエレクトーン弾きに転向しました。
バンド時代ではカルテット時代が一番楽しかったです、
オープニング曲は、「TAKE・FIVE]でした。

http://www12.oninet.ne.jp/i6bworld/

2016/9/8  14:33

投稿者:はるすみ

気の合った仲間との演奏はさぞ気持ちの良いものと思います。ピアノとギターと両方がプロフェッショナルな0方って世間にそういないです。
キャバレー時代はクインテットだったのですね。実に楽しそうですね〜羨ましい経歴です!
今年も金曜日の夜はギター教室の講師をされてますか?

東京にはキャバレーは多分激減してると思います。
昔赤坂にあった「ラテンクオーター」が有名でした。昼間前を通ることはたびたびありました。外国の歌手が歌ったりしてたらしいです。

http://cute.ap.teacup.com/harusumirenokai/

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