先夜の「英語でしゃべらナイト」レーサー・中野真矢の巻、御覧になりましたか?
いゃぁ、まさかワークスマシンにライダースーツ姿の中野真矢選手を、いきなり拝見出来るとは思いませんでした。サスガ現役、NHKバンザイ!
全日本時代と変わらず、笑顔が爽やかな好青年でしたね〜。あれから丸7年が過ぎたというのが夢のようです。
昨日の記事を書くにあたり、タイムを確認しようと昔のプログラムを引っ張りだして、結局暫らくあれこれと感慨に浸ってしまいました。今夜はビデオの山と格闘です。
私が全日本を現地観戦していたのは、97〜98年の本当に短い期間でしたが、実に充実した全日本の黄金期だったように思います(自画自賛)。
坂田や上田、原田、岡田、青木三兄弟たちが海外に旅立ち、活躍していた時代。彼らに続けと若手が頑張っていたその最盛期だったのではないかと思う。
500クラスには、WGPから帰国した伊藤真一が君臨し、打倒イト真とばかりに武田雄一、吉川和多留、梁明、武石伸也、芹沢太麻樹、宗和、鎌田、芳賀ノリ芳賀ケンなどが鎬を削っていた。アメリカ帰りの浜口や、ドゥカティライダーだった井筒とヨシムラの芹沢がカワサキに移籍したりと話題も豊富だった。
250ccクラスは、97年のチャンプ加藤大治郎が怪我で不調。中野がチャンピオンを決めてWGPステップアップ間違いなしとウワサされていた。ストップ・ザ中野を合い言葉に、加藤、加賀山、松戸、亀谷が競り合った。プライベーターの玉田もいた。最若手の嘉陽テッキュウ16才がが250で走り始めたのもこの年。今なら有名なライダー達もあの頃はまだまだ駆け出し。パドックには、追っかけのおねいさんたちが氾濫してました。そうそう、中野王子派に武田王子派、井筒王子派の三つ巴状態でしたね〜。
サーキットで知り合ったお友達は、ずっと芳賀ノリ(弟)と井筒選手のファンで、せっせと家から氷やらスポドリを運んでいました。私はといえば、応援していた125ccの#3小澤敏明選手が引退し、同じチームから250に参戦する新人・新地雄太選手の走りにハラハラして、周りは目に入ってなかった。今思い返せば勿体ないことをしました‥笑。
こんな笑顔に出会えるなら、おねいさん達の気持ちも分かるよなぁ。
王子の笑顔、中野真矢21才 チャンピオンを決めてWGPに。


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