しゃべれども しゃべれども  新作レビュー

見た日/7月某日 ★★★★

知り合いの映画関係者の方から「いい」と聞くも、公開時、地元で上映しておらず、小倉で一時期上映するも間に合わず。あきらめかけていたところ、いつもこのブログにトラックバックを頂く朱色会さまのブログを読み、「こりゃあ、やっぱり見なきゃ!」と思い、先日所要で上京の折、まだやっている上映館を調べ、飛行機が飛ぶ3時間前にやっと見た。

さて、ではレビューである。

僕は、文章も書く仕事もしているが、しゃべる仕事もしている。

どちらも「伝える」ということでは一緒だが、活字より言葉の方が何倍も伝わりにくい、と思うし、しゃべる、ということは、書くこととはまた違う努力が必要だと思う。

でも、日常生活において、人はほとんど「しゃべる」ことで意思を伝達している。だからこそ、人と人のコミュニケーションは難しいし、誤解もしばしば生じる。

「言葉」の「言い方」は、決して気持ちのモチベーションと一致しないことがある。どんなに辛くても、嬉しくても、怒っていても、その気持ちをうまく「言葉」にできず、自分の思う通りの「言い方」にならず、もどかしく思ったことがある人はたくさんいるだろう。

そういう意味では、「伝わりやすさ」という意味では、ストレートに気持ちを表現できるのということで、文章の方が利があるかもしれない。

この映画は、そんな「しゃべること」のもどかしさ、難しさ、そして、決して「しゃべること」が苦手でも、心があれば相手に気持ちを伝えることは必ずできる、というメッセージを、「落語」という「しゃべる」日本の伝統芸能を通して描いた秀作である。「落語の世界」を上手にマクラに使いながら、現代に生きる人たちのコミュニケーションの難しさや大切さを、はっきりと声高ではなく、淡々と静かに描いている。

「落語」、とくに古典落語は不思議な世界である。物語は落語ファンなら誰でも知っている。それでも寄席が賑わうのは、その落語家しか表現できない「語り口」があるからだ。オープニングで語られる、いわゆる「マクラ」はその落語家のオリジナルだし、あとに続く物語も、同じ話なのに、演じる落語家によってまったく受ける印象は違う。

この映画の落語家の主人公も、古典落語への思いは人一倍強いものの、自分の落語は師匠の物真似から脱しきれず、常に悩んでいる。そこに美人だが、ぶっきらぼうでコミュニケーションが苦手な若い女性、口が悪く解説が下手な元プロ野球選手、口は達者だが大阪から引っ越したばかりで学校ではいじめられている関西弁の小学生が、ひょんなことから主人公に落語を習うことに・・・という話だ。

主人公は落語家で、しゃべるプロなのだが、生きる不器用さに関しては生徒たちと変わらない。この映画では言葉でなかなかコミュニケーションが取れない人物たちの不器用な生き様が淡々と描かれ、最後辺りは「一歩」成長はするのだけれど、その「成長ぶり」があからさまに描かれてないのがいい。

見ている方はもどかしくて、ある面イライラするが、現実社会でも人はそう簡単に成長はしない。でも、その「一歩」を踏み出すことが実は一番難しいし、とっても重要なことだったりする。その「一歩」を平山秀幸監督は、心地よく、落語という独特な江戸の気風とともに、スクリーンで届けてくれる。

<注意!ここからあるていど、ネタバレします!留意した書き方はしますが、読みたくない人は読まないで!>

僕が一番心地よかったのは、クライマックス近く、ヒロインが落語をするシーンで、主人公の一世一代の舞台シーンとある共通の表現があったこと。ここは、お互いに話し合ってなくても、いわゆる「言葉」で気持ちが通じる、いいシーンだった。ある映画雑誌によると、平山監督はこのシーンを「直接ではないが、この映画の最大のラブ・シーン」と語ったそうである。

お互いに向き合わなくても、「言葉」は心に伝わる。そんな瞬間を描いたこの場面が、この映画の「肝」のような気がした。

「学校の怪談」以来、平山監督の作品は注目しているが、全体のたたずまいも含めて感心したのは異世界にまぎれた女性の孤独を描いた「ターン」以来である。
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2007/8/1  22:04

投稿者:melodie

おたっきーさま

レスコメントありがとうございます。

確かにジャニーズのタレントさんたちは、子供の頃から色々な経験を積んできているからか、本格的に演技やダンスを勉強してなくても、センスよく器用にこなす人が多いですよね。

国分くんは、この映画でとっても見直しました。

ところで、私もクドカンの「吾輩は主婦である」にもハマりました。クドカン作品マイベスト2です。
あの作品も一人一人の描き方が秀逸で、ドラマの最後には全員を好きになっていました。

「キサラギ!」の鑑賞後の記事楽しみにしていますね。

2007/7/31  7:11

投稿者:おたっきー

melodieさま、お久しぶりです。お元気でしたか?

いやあ、顔をアップしたのは、ちょっと恥ずかしかったかな、と。近く消そうかな、とは思っています。

あれはオフィスです。ちょうど雑誌の原稿の締め切り前に撮ったもので、かなり切羽詰ったときです・・・。

ジャニーズの方は、どの方もセンスのよさを感じますが、国分君、クライマックスの「火焔太鼓」の前と後とではまるで別人で、あの切り替わりは見事でした。

それに、着物の着こなしなど、普段の様子がものすごく自然で驚きました。

子役の落語も、ある意味主役を食っていてすごかったですね。

さて、僕も「タイガー&ドラゴン」は傑作だと思いますよ。クドカンには、昼ドラ「吾輩は主婦である」にもヤラレてしまいました。

実は東京でこの映画と「キサラギ」、どっちを見ようか迷った挙句、本記事で書いたような理由でこっちを見たのです。

山口県では「キサラギ」やらないなあ、と思っていたら、なな何と、地元のMOVIX周南で二週間限定上映が決まりました!

必ず見に行きますので、見たらちゃんとブログで感想を書きますね。

2007/7/30  19:58

投稿者:melodie

おたっきーさま

さきほど「舞妓Haaaan!」にコメント投稿させていただきましたが、続きまして「しゃべれども しゃべれども」

〜その前におたっきーさまのご尊顔、今、初めて拝見してしまいました!(ブログのトップ写真で)
お仕事部屋(かな?)の様子、机の上のリポD(かな?)、ご多忙なご様子ですね。。。お身体お大事に〜

それで「しゃべれどもx2」ですが、この映画もいい映画ですよね。かなり好きでした。私はこの映画で一番好きだったのは、子供の「まんじゅうこわい」です。話すのが楽しくて仕方ない、そして話しながらもその話が面白くて仕方ない様子がとってもよかった。聞いてて楽しくなる落語でした。
それと国分くんの滑舌のよさにびっくり。
悩み悶々としながらも、江戸っ子らしく粋にさらりと生きている様子がとてもうまく表現できてたと思います。
「落語」をテーマにしたと作品といえば、以前のクドカン作品(TV)の「タイガー&ドラゴン」がありましたが、これがクドカン作品のマイ・ベストです。

ところでおたっきーさまは「キサラギ!」は観ましたか?
私の周囲の友達には最近、邦画を好んで観る人も増えてきて、そんな友人たちと「キサラギ!」を観ました。これもまた秀作だと思います。(もちろん現代の名役者、香川照之も出てるし。)
おたっきーさまも機会があったらゼヒ!


2007/7/28  9:39

投稿者:おたっきー

朱色会さん、コメントありがとうございます!

そうおっしゃらず、ぜひ「さま」と呼ばせていただきたいのですが、ご要望がありましたので、「さん」と呼ばせていただきます!

受け取ってくれる人がいるからこそ。その通りですね。話しても話しても相手に気持ちが伝わらないことはある
けれども、お互いに「素直な感謝」があれば、思いはきっと伝わる、と思います。

「言葉」って、日本では古来「言霊」とも言っていたように、力があるんですよね。決して表現が上手いとかそういうことではなく、言葉不足でも、その人の想いがあれば、その言葉には力が宿ると思います。

その想いを受け取れるかどうか、これも受け取る側の「気持ち」次第ですよね。朱色会さんのコメントを読んで、つくづく思いました。

ところで、あの子役、本当に存在感ありましたね。彼の「まんじゅうこわい」の落語シーンが、ある意味主人公の落語よりクライマックスでした。

2007/7/23  19:48

投稿者:朱色会

鑑賞記楽しく読ませていただきました。

人に気持ちを伝える難しさ、受け取る難しさをこの映画に覚えます。また、子役の使い方が素晴らしい。映画の鉄則(朱色会)に、「大人の中に子供が出てきたら、監督はいいたいことをすべて子供に言わせる」というのがとても当てはまる映画だと思いました。『来てくれて、ありがとな』この10文字に監督のすべてが託されているんだなと今思い返しています。客が話を聞きにきてくれることへの『素直な感謝』。大人になると、つい、高尚で、もったいつけた言い方をわれわれはしてしまいます。話すことの大切さは、受け取ってくれる存在がいればのこそ。そのようなことを、この映画は私に教えてくれたのです。(ところで、おたっきーさん。ひとつお願いが・・・朱色会「さま」はどうかやめてください。私は人様にさまをつけていただける人間じゃありませんから(笑

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-02

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