ダークナイト  新作レビュー

見た日/8月某日 ★★★★

この映画は、正義の味方であるべきヒーローを描きながら、そこに当然発生する「正義とは何か?」「悪とは何か?」という問題を、正面から描いている。

悪を倒せば倒すほど、別の悪が出てくる。全く切りがない状態に、バットマン=ブルース・ウェインは悩み、落ち込む。倒して出てくる悪ほど、以前より凶悪で、ズル賢いから、手に負えない。それに自分モドキの市民まで出てきて、バットマンも頭が痛い。

そんな彼の前に、ジョーカーが出現する。金に興味がない彼は、通常の悪党とは全く質が異なり、犯罪そのものを楽しみ、そこに人生の意義を見出す。

それは正義の行動に自分を見出すバットマンと表裏一体の姿であり、そこがこの映画の味噌になっている。バットマン=ジョーカーなのだ。バットマンや市民に究極の要求を求めるジョーカー、それは実はバットマンやゴッサムシティーに住む市民たちの心に潜む「影」でもある。

バットマンは己の、影の部分と向き合い、倒すために文字通り実を削る。ゴードン警察本部長もまた、痛みを伴いながら市民を守り、正義を貫こうとする。

そして、力で正義を実行するバットマンに対して、法の力で悪を裁こうとする検事も登場し、物語に厚みを持たせるが、やがてジョーカーによって心の「闇」が暴かれる彼の描写こそ、人間が「正義」も「悪」も両方色濃く持っていることを浮かび上がらせる。

そんな中で、ジョーカーはバットマンでも警察本部長でもなく、名もなき一般市民に、究極の「正義か悪か」の選択を迫る。このシーンは秀逸で、このあと、バットマンと警察本部長にまたまた究極の選択を迫るのだが、この場面への巧妙な伏線にもなっていて、この映画全体のテーマを支えている。

そうした人間の「闇」を一身に背負ったヒース・レジャーのジョーカーは実に見事で、この作品のあとに急逝したことで、彼は完全に伝説となった。僕は彼の出世作「ブロークバック・マウンテン」も大好きなだけに、本当に彼の死が惜しまれる。

CGをなるべく使わず、生身に凝ったというアクションも含め、最後の最後まで飽きさせない。タイトル名の真の意味がはっきりするラストまで、息をもつかせないが、久々にアクションやヒーロー物が本来持つカタルシス以上に、気持ちが揺さぶられる「ヒーロー物」だった。

日本でも「仮面ライダーNEXT」で同じ試みがされているが、一般受けしないのは予算や国民性だけの問題なのだろうか。いずれにしても、どんなジャンルにおいても、作り手が志を持ち、しっかりと脚本を練り込み、役者が魂を込めて演じれば、驚くような傑作が誕生する、という好例だと思う。


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