見た日/3月某日 ★★★★

「いい」というのは聞いていたが、ここまでとは…。いやあ、泣かされた。

「高校野球」というのは、いわゆるベースボールとも野球とも違う、その存在がひとつのジャンルである、と僕は思う。

甲子園という絶対的な存在があり、そこには、巨大なビジネスが渦巻いている。学校は、甲子園に出場し、有名になるというメリットを得るため、様々な企業努力をする。とくに私立はその努力を惜しまない。

実はビジネスであることをみんな知りながら、それを誰も口にしない。マスコミも、親も、そして選手である当人たちも。でも、周囲はそこに「感動」を求めてくる。

選手たちも、そこにビジネスの匂いや虚しさを感じてはいても、そこは10代。ある種、ドライになりながらも、その「感動」に身を委ね、自分を投げ出し、ある意味犠牲にしていく。

言葉は悪いが、純粋さとそうでないものが共存していること、実はそのアンバランスさが高校野球の魅力だったりするのだ。

時折、そんな「ビジネス」とは全く関係ない、本当の純朴さを持った高校が甲子園に出場し、強豪校を倒したりする。だからまた、高校野球というものは、何とも言えない魅力を持つのである。

この映画は、そんな「矛盾」を抱えた、全国制覇が当たり前になっている、超強豪名門私立高校の野球部が舞台。レギュラーと補欠の間のキワキワの部員2人が主人公だ。

映画では「たばこは高校球児のサプリメント」なんて危ないセリフも出てきて、ある意味「高校野球」の真実の姿を伝えている。

試合やスタンドでの応援、普段の練習のシーンなどは、これまでの日本の野球映画の中でも最もリアルだと思う。時折、くだらないギャグを連発したりしながらも、選手にとって絶対の権力を持つ竹内力氏扮する監督もリアルだ。

ベンチに入っても、出場の機会などない。それでもベンチ入りを目指す2人。時には、お互いに「死ねばいいのに」なんて、本気で思うこともある。それでも、優しさを失わない、失えない、10代特有の、キラキラした感情。そこには、レギュラーも、補欠もない。

意外な伏線が見事に生きるラストが、実に素晴らしい。

一般的な常識が求める青春像とは関係ないところで、高校生たちは、ちょっと大人びたり、悪いことをしたり、大人を軽くみたりする。それでも、イザというときは、本気で青春に全てを賭ける。

ああ、そういえば、吹奏楽に青春を賭けた僕もそうだった。ちょっとワルびて、吹奏楽部を辞めた友達に、高校時代最後のコンクール前日に呼び出されたっけ。

ソイツの家で、お互いに酒を飲みながら、くわえ煙草で「俺はお前たちが許せない」「今日はお前をコンクールには行かせない」って話を、徹夜で聞かされた。でも、当日の朝、「行けよ」って送り出された。

フラフラになりながら、集合場所に行って、誰にもそのことを言わずにバスに揺られながら「アイツも、本当はコンクールに出たかったんだ」と気づくまで、ちょっと時間がかかった。金賞を取って、夜、ソイツに電話したら、一言「よかったな」と言ってくれたことが、妙に嬉しかったことを覚えている。

「ひゃくはち」というタイトルは野球のボールの縫い目と、人間の煩悩の数を表わしている。仏教では、悩みである煩悩は、実はすぐ喜びに通じていると説く。これを「煩悩即菩提」と言うが、様々な苦しみや悩みが、喜びとなる、これが青春の特権だろう。
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