『剱岳 点の記』キャンペーン!  映画つれづれ

ある日、事務所に東映関西支社のHさんから電話が…。

「3月9、10日と『剱岳 点の記』のキャンペーンで、木村大作監督が自分の車で山口に行きます。お世話してもらえますか?」とのこと。

「もちろん!是非!」ということで、マニィは2日間、キャンペーンで県内のマスコミ各社を回られる木村監督の「劔岳」号を先導する、という大切な役割を仰せつかり、果たして参りました!!

木村監督と言えば、名キャメラマンとして、数々の名作・傑作を送り出した方。資料のフィルモグラフイを見ながら、何本見たのか、数えてみました。

「日本沈没」「八甲田山」「聖職の碑」「ブルークリスマス」「復活の日」「駅STASION」「海峡」「小説吉田学校」「居酒屋兆治」「魔の刻」「夜叉」「火宅の人」「別れぬ理由」「姐御」「極道の妻たち三代目姐」「あ・うん」「女帝春日局」「極道の妻たち 最後の戦い」「遺産相続」「新・極道の妻たち」「略奪愛」「寒椿」「新・極道の妻たち 覚悟しいや」「わが愛の譜・滝廉太郎物語」「新・極道の女たち 惚れたら地獄」「極道の妻たち 危険な賭け」「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」「誘拐」「時雨の記」「おもちゃ」「鉄道員」「ホタル」「陽はまた昇る」「赤い月」「単騎、千里を走る」「憑神」…。

いやあ、全49本のうち、36本もありました。

どれも、僕の思い入れが深い作品ばかり。とくに「八甲田山」「復活の日」「聖職の碑」「赤い月」など、厳しい自然条件の中で、常に美しい風景や俳優たちの演技をフィルムに刻み続けてきた木村監督。その技術力も素晴らしいですが、どんな状況でも妥協をしない、映画に対する、その「熱さ」と「志」が凄い。

今回の「劔岳 点の記」について、「この映画は、自分自身である」と監督は言われていました。そして、志を一緒に持てる、共有できる人だけを選んで、キャスト、スタッフを編成したのだとか。

そこには、地位や名誉などのためではなく、ただただ「撮影をして、映画を作る」という原点に立ち返った、潔さと勇気を感じました。空撮やCGに頼らず、本物を撮ることにこだわった映画作りが、今回の映画だったようです。

以下、各所での木村監督の言葉です・・・。

「本物の場所で、本物の俳優を使って映画を撮りたかった」

「自然は運良く撮れるものじゃない。忍耐強く、自然の状態を待ち続けなければならない。今回の撮影は2年かかり、3000mもの高所に200日ほどいた。協力してくれた俳優さんたちには本当に感謝している」

「この映画は、志がない人は一切参加できない映画。俳優さんたちには『こちらのスケジュールに合わせて』と頼み、それを承諾した人だけが出演している」

「キャスティングも天気も勘で決める。例えば、秋から冬のシーンを撮る時、『10月14日に初雪が降るから来て下さい』と言ったら本当に初雪か降った」

「7月13日は柴崎が初登山した日で、自分の誕生日でもあり、天気も良いだろうと思ったが、あてがはずれた。しかし7月17日、天気に恵まれたので4時間かけて山頂に登り、素晴らしい状況の中で撮影ができた。この人生最高の時を自分の誕生日にしたくて、生年月日を変えたいと役所に頼んだがだめだった。しかし、今年の70歳からは、7月17日を“心の誕生日”にしたいと思っている。また、今年の7月17日には劔岳の山頂に登る予定で、映画がヒットしたら、劔岳のほこらにお参りしたい」

「映画とは人間のドラマを描くものだが、この映画では、その人間ドラマが繰り広げられるバッグに、すばらしい自然を選んでいる。僕自身も目の前の自然に「すごいなあ」と感動しながら撮っていた」

「18歳から30歳まで黒澤明監督の撮影助手をしていた。そこで勉強したことが、今になっていかされている。例えば“こだわり”を徹底的に貫く姿勢。今回の映画ではスケジュールとお金を最初から決めて撮ったのだが、そういう企画を今の映画界が受け入れたのは、ある意味驚くべきこと」

「美しさは厳しさの中にしかない。自然の厳しさに対抗することで美しさが生まれるのだから、楽な所では本当の美しいものは撮れない。『映画は美しくなければいけない』とは黒澤さんの言葉だが、本当の美しさというのは、人間の心が入っていないといけない。この映画では、(厳しさの中で撮影を進めるうちに)役者さんの顔つきがどんどん(美しく)変わっていった」

これらの言葉を読んでいるだけでも、映画への期待が高まります!

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キャンペーン先の映画館で木村監督と

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