マイマイ新子と千年の魔法  新作レビュー

観た日 5月某日 ★★★★★

恐らく日本一早いであろう、舞台となった山口県防府市での特別先行試写会で観賞させて頂いた。

アニメとしてのクオリティが、実に高い。

「千と千尋の神隠し」を想起させてくれたが、片淵須直監督は宮崎駿監督作品「魔女の宅急便」「名探偵ホームズ」で監督補をした方だった。

昭和30年の山口県防府市。1000年前の平安時代、このまちは、国衛と呼ばれていた。確かに大昔も人々の暮らしや営みがあったこのまちで、自由に生きる子どもたち。

かつて、僕たちが野や山で遊んだとき、田んぼや神社の境内の裏側に、とてつもない「何か」を感じる瞬間があった。

それは闇なのか、何か神秘的なものなのか、それは分からないけれど、そんなものを感じながら、子どもたちは日々を送っていたものだ。

そして家に帰れば、そんな「何か」を今に伝えてくれる、僕の家で言えば、祖母がいた。

「あの山には●●がおるから、行っちゃいかん」「あそこは昔、●●がおって、おばあちゃも、●●をしたもんじゃ」などなど。

そのおばあちゃんの存在もまた、神秘的だった。いつも着物を着ていて、顔はしわくちゃで、その存在感と怖さは独特で、あのころ、家族という日常の中に、神秘的なものが確かにいたのだ。

この映画は、そんな昔から続く神秘的な「何か」を感じながら、その「何か」が住む自然と一体となりながら、伸び伸びと遊び、友達同士の絆を紡いでいく、「子どもたちの姿」が生き生きと描かれる。

これが現代となり、子どもたちも文明に慣らされ、その「何か」も見えなくなり、いつしか「闇」の住民たちも病んでしまっている・・・そんな世界観をアニメーションとして見させてくれたのが、宮崎監督の「千と千尋の神隠し」だったように思う。

作品の世界観も違うので、比べようもないのだが、この映画は、不思議と「千と…」を連想させる。しかし、「崖の上のポニョ」もそうだったが、「千と…」以降、終末観的な物の見方に救いを求めているような宮崎監督の作品群に対し、この映画は、不思議な明るさに満ちている。

「となりのトトロ」に見られたように、かつての子どもたちは、神秘を力にしていた。恐らく日本中の子どもたちがそうだったであろうと思われる、かつての子どもたちの姿が、この映画にも、存在している。そういう意味では、宮崎監督のお弟子さんとも言える片淵監督が、この映画を作っていることはとっても興味深い。

映画は新子が友達のために、大人の世界、いわゆる「現実」に立ち向かうエピソードがクライマックスとなっていくが、それが「成長」になるのかどうか。そこは観客の想像に委ねるところだろうが、余韻を残すラストがまたいい。
3



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