スラムドッグ$ミリオネア  新作レビュー

観た日 6月某日 ★★★★

「トレインスポッティング」のダニー・ボイル監督作品。イギリス人スタッフによる、インド映画、と言っていいだろうか。

突然主人公が劇中で歌ったり踊ったりはしないけれども、インド映画でおなじみの歌謡舞踏シーンはちゃんとあるし、明るく前向きで活力にあふれている、という点では正にインド映画だ。

でも、お話はファンタジー的な話でありながら、インドの貧富社会の現実をリアルに描いている点は、本来のインド映画ではできない試みだろう。映画誌などによると、あまり表に出したくない自国のスラム街の実態を描いている、という点でインド国内では不評だったという。

スラム街で育った青年が、クイズ番組「クイズ・ミリオネア」に出場し、あとわずかで億万長者を手にする、というところまで辿り着き、そこで逮捕されてしまう。

医者や弁護士でさえ答えられない難解なクイズの答えを、教育を受けてない彼が、なぜ分かるのか? イカサマではないか、と警察で拷問を受けるが、彼は、クイズの答えは、全て信じられないような貧困の中での壮絶な経験で知り得た、と告白する…。

この映画のストーリー展開は単純で、ある意味ハリウッド的でもあり、主人公が成功するかどうか、という点では映画的カタルシスもたっぷり味わえる。

でも、ストーリーは単純でも、映画自体が決して単純ではないのは、この映画で描かれる“スラム街”の実態と、そこで生き抜く子どもたちの姿があまりに壮絶、という点に尽きると思う。

孤児になった子どもたちが、子どもを使って物乞いをさせる大人たちに集められ、その中の一人が、同情を集めるため、目を潰される、という悲壮なシーンがある。

僕はインドで数週間ほど過ごした経験があるが、実際、どこに行っても、物乞いの子どもたちに囲まれた。その中には、手や足がない子どもたちもいたが、あれは生きていくために、わざと切っている、という話も現地で聞いた。

また映画ではペットボトルのフタに細工をして、水道水を入れるシーンが出てくるが、僕自身、インドの田舎町で、どう見てもフタが怪しいペットボトルを高い金を出して買い、暑くて我慢が出来ずに飲んで、お腹を一発で壊した経験がある。あのときは二日間ぐらい外出できず、ホテルのベッドでのたうち回ったが、これもあのときのことを思い出した。

主人公の少年は、どんなひどい状況になっても、人を恨まず、幼い時に恋した少女をひたすら想い続け、青年に成長してもその純愛を貫く。これに対して主人公の兄が出てくるが、兄はスラム街で生き延びるため、弟とは対照的に、次第に犯罪に手を染めていく。

実際のスラム社会では、この兄のように、ずるくならないと、生き抜くのは難しいのかもしれない。どんな困難な、絶望的な状況にあっても、警察に拷問をされても、ただひたすらにまっすぐ生き抜こうとする純粋さを、ダニー・ボイル監督は讃えている。

実際に、純粋に生きて、映画のような奇蹟や栄光は訪れないかもしれない。それでも、この映画は、力強く生きることの大切さを、高らかに歌い上げる。最後の最後に、兄が取った行動が泣かせる。

人の気持ちは、身近な人、そして社会をも変革できる。そのことを、自由社会でありながら、かつてのカースト制度が色濃く残り、格差が存在するインド社会を舞台に描いた意義は大きい。これを単なる寓話にしないぞ、という監督の意図がいろいろなところに見えて、深く胸を打った。
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