奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2011/9/20

夏休みの旅3:倉吉の2  
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 昔々、松江の友人宅を訪ねた帰り、この倉吉で汽車を降りて、郊外の関金温泉に泊ったことがあります。
今倉吉に立って、「なんでJRも通ってない関金温泉になんか一人で行ったんだろう?」と考えてみると、昔は倉吉線という支線があって、関金温泉までも倉吉から汽車で行けたようです。
 それで車も乗れなかった頃、三朝温泉ではなく関金温泉を私が選んだ理由が判りました。
 その時乗ったであろう、今は廃線になってしまった国鉄倉吉線を記念して作られたのが
    くらよし鉄道記念館
小さな小さな記念館で、自分で電灯のスイッチを入れて入ります。
当時の駅舎の写真や、実物のジーゼルカーが陳列されていました。
もちろんその当時は、こんな乗り方ではなく、ちゃんと客車に乗ったと思います。
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 倉吉の白壁土蔵の町並みと言っても、そう大きく長いものではありませんが、全体にゆったりとしていて、駐車場は無料・どの施設も入館無料・無料のレンタサイクルまでありますので、のんびり廻れる町です。
 倉吉の地名も、「暮らし良し」→「くらよし」からとの説も有ると説明を受けました。
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 江戸時代の豪商淀屋(自分の店に入る為に作った橋が、今も地名に残る淀屋橋)の本家筋にあたる商家を倉吉市が買い取って観光施設にした
    倉吉淀屋
無料ですし、案内の人が私たち3人の為に、長い時間丁寧に熱心に説明してくれました。
 この興味深い説明によると、淀屋は日本でも一・二を争う豪商で(武家が借りていた借金だけでも100兆円以上とのこと)、それ故に江戸幕府によって關所(財産没収)の憂目にあいましたが、倉吉淀屋と連携して再興、また大豪商になったそうです。
しかし幕末には、幕府から受けたこの処置の恨みをはらすためか、大阪の淀屋も倉吉の本家もその財産のほとんどを、討幕運動の費用として朝廷に献上して、歴史からその姿を消すと言う大胆な行動をしています。
その最後の過去帳に、「世代万々歳」と言う謎の言葉が残っていたようです。
  NHKの歴史秘話ヒストリーの材料にもなりそうな話ですね。

   返事
前回のあんふぁんさん:ご無沙汰です。
    「絵に描いたような幸せ」ではなく「絵に描いた餅のような幸せ」ぐらいです。
    三朝温泉の露天風呂は、それが有り得る様な露天風呂でしたね。
花水木さん:心配になって調べましたが琴桜関、4年前に亡くなっています。

2011/9/20  23:00

投稿者:花水木
淀屋の事は初めて知りました。
激動の時代に、そのような人物がいたのは興味深いです。
大金持ちにも色んなタイプがあって、お金があるのにやたらにケチで細かくお金の使い方を知らない人種や、自分達の物欲を満たすだけの成金趣味や、松下幸之助さんの用に将来の人材育成の私財を投げ出す方など・・・・
と、貧乏な私が語る事でもないですね。
しかし、最後の『世代万々歳』って???
案内して下さった方は、末裔の方ですか?

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