三山喬『ホームレス歌人のいた冬』東海教育研究所 2011/3/23
山田清機『寿町のひとびと』の中に、10年ほど前に朝日新聞の歌壇で注目を浴びたホームレス歌人“公田耕一”の話題と三山の本が紹介されていたので、取り寄せて読んでみた。
その頃、私も朝日新聞で毎週月曜日(現在は日曜日掲載)の歌壇欄に目を通し、“公田耕一”の名を探したことを記憶している。
“公田耕一”は、2008年暮れから9か月間朝日歌壇に登場した。
この本では、入選した28首を中心に紹介し、歌壇コミュニティで引き起こされた様々な反応を、選者や投稿者のコメント、また当時の社会現象に照らして追及している。
著者自ら 9か月にわたって寿町のドヤ街と周辺の路上生活者に接触しながら“公田耕一”の影を追い求めた。
結局は“公田耕一”にまでたどり着くことはできないのだが、短歌を通して伝わってくるドヤ街の様子や、実際にインタビューしたホームレスやドヤの住人たち、福祉関係者たちの生の声がが興味深く、寿町とその周辺(関内駅や横浜スタジアム)の姿が浮かび上がってくる。
【“公田耕一”の入選歌の一部を紹介する】
・「鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか」
・「パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる」
・「日産をリストラになり流れ来たるブラジル人ととなりて眠る」
・「親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす」
・「哀しきは寿町といふ地名長者町さへ隣にはあり」
・「百均の『赤いきつね』と迷いつつ月曜だけ買ふ朝日新聞」
・「我が上は語らぬ汝の上訊かぬ梅の香に充つ夜の公園」
・「温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る」
・「辞書持たぬ歌作りゆゑあやふやな語句は有隣堂で調べる」
・「雨降れば水槽の底にゐるごとく図書館の地下でミステリー読む」
米国で長年収監されている殺人事件の終身犯・郷隼人(彼も朝日歌壇への投稿者であった)との交信や元首相の菅直人と共に二院クラブを立ち上げた田上等(その後何回も選挙に出馬するも落選し、自己破産ののち紆余曲折を経て、ホームレスとなった)との接触は興味深かった。
郷隼人の朝日歌壇投稿作は、
・「囚人の己が〈(ホームレス)公田〉想いつつ食むHOTMEALを」
その同日の朝日歌壇入選作に、“公田耕一”の
・「温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る」
が並んで掲載されている。
郷隼人は、2017年8月7日朝日花壇に久々に掲載される。
・「夕菅も朝顔もまた短命な花ゆえ華麗に可憐に燃ゆる」
・「 涼しさはスプリンクラーに濡れながら裸足で歩く夜の獄庭」
郷隼人も“公田耕一”も深く深く自分自身の内面を見詰めて居る。
なお三山は、神奈川県の地名から推測し、“公田”は“くでん”と読むのではないかという仮説をたてているが、“こうだ”なのか“きみだ”なのか謎のままである。