武田晴彦…舞台ダンサー、ダンスインストラクターとして活躍。各種教室、舞台に幅広い活動をしてます。
偉大なる!  ダンサー

7月に入り、今年もまた1つ歳を重ねる事が出来ました!


有難い事に、この歳になっても元気に踊れる身体と、充実した仕事と仲間がいる環境に感謝の気持ちでいっぱいです。


ただ、今年に限っては、俺が産まれた日から、激烈にやんちゃな少年時代、部活一筋で反抗期の学生時代、サラリーマンから夢を追いかけて東京に上京し、全く仕事も無く友達もいなく荒んでたドン底時代、そして長年の夢を叶えれた時も、何時だって、どんな時だって誕生日の日には『おめでとう、今日は誕生日やな〜』と、電話と手紙をくれる母親が、今年は再手術で入院してる為、その儀式がお預けとなり…


普段は、余程の事が無い限り母親から電話は来ないし、1年に一度だけ掛かって来る誕生日電話と『人とのお金の貸し借りは絶対にアカンからな。それと野菜はキチンと食べなさい』と何年経っても同じ事が書いてある手紙が、いざ無いとなると寂しいもんですな…


どんだけ歳を取っても、母親は偉大だし、頭は上がらない。


そんな苦労ばかりかけた母親が病と戦い、息子の前では気丈に振舞いながら苦しんでる姿を垣間見ると胸が張り裂ける様に辛くなります。


ただ、気持ちが下降気味の時にも最高のメンバー達と好きな仕事して過ごせる日々が自分にはある。


本当に感謝しかありませんし、これ以上の誕生日プレゼントは無いと切に思いますね。


それに、日頃の行いが仏の様な母親なので、必ず病に打ち勝ち、奇跡が起き長生きしてくれると信じております。


話変わって、先日ジャニーさんが87歳で亡くなられました。


学生時代から、その名は勿論知ってましたが、メディアの前には姿を見せず、当時SNSも普及して無いので、その姿は全く不明で、凄い成金の派手な方なのでは?と想像してました。


ダンサーになり、初めて劇場のエレベーターで一緒になった時は全く誰だか解らず、先に降りられた後『あれがジャニーさんだよ』と先輩に教えて貰い『え〜〜〜』と叫んだ位に、想像とは遥かに違う姿に驚いた事を鮮明に覚えてます


それから、俺は、ダンサー人生の半分位をジャニーズのタレントさんとお仕事させて頂き、年数で言えば2005年秋、2006年冬の『ウエストサイドストーリー』と2009年〜2016年の『SHOCK』で合計9年の間、数多くのジャニーズ豪華メンバー達とご一緒させて頂きました。

実際、一緒に過ごすと、彼等スター性や才能は勿論の事、努力、頭の回転、機転の効いた読みや動き、そして何よりステージ上での輝きは本当に凄い!


そんな彼等の才能を幼少の頃から見出だして、さっと原石をピックアップし、現場に立たせて大物に育て上げるジャニーさんの先見の眼とプロデュース力は半端無く凄い!


僅か9年、遠巻きながらとは言え、実際目の当たりにし、身に染みて感じました。


いつも変わらないスタンスで現場に足を運ばれ、タレントさんに寄り添い、穏やかな佇まいの中で人々が喜ぶ演出を常に考えられてたのだと思います。


実際お話ししたのは2、3回程度でしたが、優しい口調の中にも、背筋がピンとなる緊張感はありましたね〜


そんなエンターテイメント界の偉大なる重鎮の訃報には感慨深いものがありましたし、長生きされたとは言え残念な思いです。


と同時に、昔は都市伝説上の方だと思ってました偉大なる方と、同じ空間に存在させて貰えました事や、手掛けられた素晴らしい舞台に長年立たせて頂けた事は、人生の貴重な財産ですし、奇跡の様な経験でした。


そんな多くの人々に夢や感動を与え続けられた姿を見習い、自分はまだまだ足元にも及びませんが、頂いた体験を今後の人生に生かし、ジャニーさんの様に多大なる社会貢献が出来る歳の重ね方をして行きたいです。


心よりご冥福をお祈り申し上げます。
8

思いもよらない災い  ダンサー

令和になり3ヶ月が経とうとしておりますが、またしても、ガラ携帯が壊れ、再びガラ携帯を購入した昭和のアナログ男ですが、今回の機種は文章等が打ちにくく、不便極まり無い為、次こそはスマホに切り替えようと思う今日この頃。


この3ヶ月は、今年に入り新しく立てた2つの目標に向かい、地道な勉強をコツコツしておりました。


ちなみに、現状の仕事に関しては有り難い事に相当充実しており、更に発展している状況ですので、欲張り過ぎ無い程度に新たな分野にもチャレンジし、いつまでも己の心を奮い起たせ絶えず走って行きたいと思います。


まぁ〜未来に上手く繋がるかは全く解りませんが、東京に上京して希望に溢れてた頃、苦しい事や挫折もありながら、成功を夢見てワクワクしてる感じに似てて、なんか良いかな〜


そして来月からは、新たな試みの場も頂け、蓋を開けてみないと全く解らない状況ですが『案ずるより産むが易し』


とにかく、やれるだけ頑張ってみようと心が踊っております!


ただ、そんな時こそ、再び足元を見直して謙虚に挑んで行かないと、俺みたいな人間はアカンからね


最近世間の注目を集めている『闇営業問題』


俺は、一応芸能の世界に足を入れてる人間なので他人事には思えないです。


しかも、同じ様な経験をして登って来た同世代の方々達ですし、自分に置き換えて様々事を考えさせられます。


売れない時代は、もちろんお金も無い、でも、それ以上に、自分の芸が人々を喜ばせれる場所で拍手と笑顔を貰える事。


それが何よりの喜びで生きてる証


そんな、必死に居場所を確立しようと、毎日這いつくばった生活の中で、お世話になってる先輩の用意した場所にお願いされたら…


もちろん、明らかに良くない事や、身を滅ぼすと解ってる事なら、何とでも断れるだが、今回のはね…


色々な見解はありますが、ずっと泥水を飲んで来た中堅の芸人さんが、やっと昨年からブレイクしだし、これからや!っ思ってた矢先に、一瞬で奈落の底に落ちてしまう、想像だに出来なかった災い。


ホンマに怖いです。


でも、ダメなもんはダメだし、悪い事は悪い。


やってしまった事実は変わら無いし、あとは本人達が、どう這い上がって来れるかですね。


だから、俺自身の願いとしては、そんな彼等の才能を埋もれさすのは絶対に勿体無いし、しっかり一定期間謹慎してからは、地道な全国行脚でもして多くの人々を笑顔にして貰う環境を作ってあげれる世の中でありたい。


才能豊かな彼等が駅前などに来れば、選挙前だけ熱弁を語りに来る大物議員より遥かに多くの人を集め、笑顔のお土産を持ち帰らせる事が出来ると思うしね。


色々な賛否はあるでしょうが、彼等が出来る社会の貢献度は凄いと思ってますし、俺自身の日々の生活の中で、当たり前の様に笑えてる事で、傷んだ心をかなり治療してもらってます。


なので、長年の下積み時代を乗り越えて来た芸人さん達なら、このどん底の状況も乗り越えられる!と信じ、再び表舞台で活躍される事を祈りつつ。己の兜の緒を締めて行きたいと思います。


頑張ってや、特にガリットチュウの福島さん。
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プロフェッショナル!  ダンサー

この数日、真夏の様な暑さに嬉しさを感じてしまう俺ですが、夏、秋、冬とカンパニーの発表会が目白押しなので、メンバー達と共に大汗かいてる日々が、何とも心地良く!


そんな中での僅かな息抜きとして、ハマってるのがTVドラマ。


令和版の「白い巨塔」や「スパイラル」「ストロベリーナイト」と面白いドラマが目白押しの中、BSの日本映画専門チャンネルで昔の名作やVシネマにまでも。


しかし、良いドラマには素晴らしい役者陣の演技がつきものですね!


俺は、幼い頃から日本のドラマが好きで、幅広い年代の俳優、女優さんの名前を結構知ってる為、この業界に入ってから、昔TVで拝見してた数々の役者さんと共演させて頂けた際には「あの時の〓〓って作品の〓〓役の〓〓のシーンが好きでした」と言える程!


ダンサーとして、芸能の世界に足を踏み入れた訳ですが、お芝居に関しては、当初はナメた考えで「経験を詰めば感情注入が上手くなって行き、発声練習も詰めば、それなりに出来る様になるのでは?」と思って役者にもチャレンジしてみました。


何度か再現VTRや映画、舞台、ミュージカルにもチョイ役で台詞を頂いたりもして、お芝居にもトライしてみましたが、長年やってハッキリ解った事が。


『俺には演技センスは全く無い』って事。


昔からTV等々で拝見してた、一流の役者さんと実際に生で共演させて頂くと技術だけで無く、視点、洞察力等々、全てにおいてモノが違い過ぎるし努力や気合いで、何とかなる次元でも無いなと…



上手く説明出来ないのですが、役者気質の方々は、本当に別人になれるスイッチの切り替え度合いと、一つの台詞に対しての見解と重みがとてつも無く凄く、本番での佇まいが半端ない。(またいつかの機会に実際経験した凄い俳優さんとのエピソードも書いみようと思います)


そして何より、センス云々だけで無く「どんな苦労を重ねても地道に成長して大成して行きたい!」って情熱がお芝居に関しては沸か無かった事が一番でしょう。

なので、自分は視聴者側になって「〓〓の演技はどうだ」など好き勝手言うのが、性に合ってると思います。


辛口コメントを評論家気取りで一人遊びをしてる中、日本の役者さんは上手い人多いと思うし、熟練の方々が素晴らしいのは勿論の事、若手の役者さんも良いからね〜


ホンマに、これだけ色々な人格の役柄を自分でこなせ、世間に認められる仕事が出来るって、それなりに苦労もあるでしょうが、楽しいだろうなぁ〜と思いますし、良い仕事してますよね。


俺も、自分で進んで行きたい分野では、有り難い事に本当に楽しく生き生きと仕事をさせて貰ってます。


だからこそ、他の色々な分野でプロフェッショナルな活躍をされてる方々の姿に興味を示し、共感出来る部分を探す事が、とてつもなく楽しい今日この頃です。

プロフェッショナル流儀とは何ぞや?


と聞かれて、ズバっと悟れる境地に登り詰めて行ける様、今後努めて行きたいもんです。


ただ、もう一度、足元を見つめ直す事も大切。


この歳になると、基本的な事で注意、指摘を受ける事も少なくなる中、その機会を頂ける事はガツンと頭は打たれても有り難い事で。


その頂けた、盲点を謙虚に頂戴し、基本的な足固めを怠らず、プロフェッショナルな人間になって行きたいなぁ〜と名作ドラマを観ながら思いに浸っておる所存です。
9

平成の30年!  ダンサー

遂に30年の歴史ある平成の時代も終わりを告げる時が来ましたね。


最近は平成の特集番組で、懐かしの曲を聞く度に、当時の事を思い出してしまうのですが、振り替えれば平成の訪れは中学3年の正月休みだった。


当時のテレビ番組は、どのチャンネルも特番となり、街のレンタルビデオ屋は大繁盛。


陳列されてる棚の殆どが貸し出し中で、退屈な正月休みを過ごされた人は沢山居たのを覚えております。


ただ、俺は高校受験前の追い込みの時期だったので「志望校に合格してラグビー部に入りたい!」の一心で、人生の中で一番机に向かった時でしたし、ラガーマンへの準備として勉強の合間に、ひたすら走って鉄アレイで筋トレしてました(当時からトレーニング馬鹿は変わってません)


その後、高校に入学してラグビー漬けの毎日を送り、大学、サラリーマン生活を経て、19年と言う、平成の半分以上を占める時間をダンサーとして生活する訳ですが、よくもまぁ〜こんな長く続けて来れたもんですね〜


当初の青写真は、30歳までに、USJ、ディズニーランドのテーマパークで踊り、紅白歌合戦に出れたら悔い無く辞めてサラリーマンに戻ろうと思ってたのですが、いざダンサー界に足を踏み入れると甘い考えは根底から叩き潰され…


沢山の屈辱と悔しさの中から「絶対にこいつらを見返してやりたい」って気持ちと、稀に訪れる喜びと快感がクセになり、いつしか、「もっともっと大きな快感を得たい」と欲が出てしまってました。


なので、サラリーマンに戻る選択肢などは、いつしか無くなり、テーマパークや紅白の仕事を経験出来た後も、更に凄いステージで踊ってるダンサーを見ると「あそこに立たなきゃ、ダンサーやってる意味が無い」と強く思う様になってたかな。


そんな中、大きな2つの夢というか目標が出来まして。


別にダンサー界で有名にならなくても、超一流の存在に成らなくても全然構わない(自分の骨格、身体能力、知能では無理ですが)


この2つの夢だけは絶対に叶えるんだ!と心に決めました。


それからの道のりは、まぁ〜気が遠くなる程長い事長い事。


ホンマに惨めな位、オーディションに何度も落ち、掴みかけたチャンスも、あと一歩で逃げて行ったり…


そんな日々が何年も続き、いつしか同世代のダンサー仲間だけで無く、多くの後輩達にも先を越されて行く始末…


途中色々な仕事も、有り難い事に沢山やらせて頂いたのですが、正直満たされる事は無かったかな…


夢を叶えるまで粘り強く、泥臭く、バイトして、レッスン受けまくって、先の見えない日々を過ごしてたら、突然チャンスが!


『奇跡』としか言い様の無い巡り合わせと、ずっと長年諦めず準備して来た事が実を結び、夢舞台に立てた時の喜びは、言葉では表せ無い位の感動と興奮と快感でした!


あの瞬間の鳥肌と涙は、一生忘れる事は無いでしょう!


だから、こんな俺をその夢舞台に引き上げて下さいました方々には感謝しかありません。


本当に2つの夢を叶える事が出来た俺は幸せ者だと今でも切に思います!



なので、俺にとっての平成とは、失意のどん底に落ちても、地道に頑張っていれば、チャンスは平等に訪れる事を学べたし、悔しさが成長の起爆剤になるので、喜びも悲しみも上手いバランスの日々が、実は本当の幸せなのかも?と思えた時間だったのでしょう。


今は『令和』の時代に向けての新たな夢と言うか目標が出来、ある程度明確に定まってるけど、そこに辿り着く道のりは、まだまだやな…


一歩進んでも、また一歩下がるの繰り返し。


でも、平成の時代に多くの方々に助け支えて頂き遠回りしながらも、抱いた夢を叶える事が出来た自分を信じ、健康で素敵な仲間に囲まれ笑顔で過ごせてる今を大切に、地道にコツコツ粘り強くチャレンジして行きたいと思います!


ほな、さらば平成!
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夜桜見ながら!  ダンサー

桜も綺麗に咲き始め、高校野球も佳境に差し掛かった今日この頃

平成最後のカンパニーの発表会は無事終わりました。

素晴らしいパフォーマンスだったのは勿論の事、皆さんの愛しい笑顔には、いつもの事ながら心が打たれますね。

そして、この素敵なカンパニー達で今年の夏と秋にジョイント公演と、冬には2年振りの単独公演が開催決定!

なので、裏方としては休む間も無く動き出してますし、年内は発表会に向けて全精力を注いで行く所存です。

ただ、メンバー達はハードだった日々が一段落したにも関わらず、翌日から自主的な踊り込みや、衣装の構想準備が。

おまけに、今回出演して無いメンバーまでもが、凄い熱量で頑張って下さり!

こういう事が、今の俺にとってどれだけ嬉しい事か!

生きて居れば、バイオリズムが悪く、目の前の現実や、耳にする事にとても落ち込んだりする事もあります。

しかし、辛い事にも必ず意味は有り、誰のせいでも無く、自分にもう一度矢印を向ける大切な時間なんでしょう。

そんな状況下の中、ネガティブな事を考える暇さえ与えてくれ無い仲間達の温かい存在。

本物の価値ある財産とは、こういった事なんだと切に思います。

話し変わって、先日45歳同じ年のイチロー選手が引退されました。

思えばイチロー選手が、日本人野手としては、未知の領域だったメジャー行きを決断し、一年目から活躍する姿に後押しされ「よし、俺も一度の人生、悔いの無い様に挑戦してみよう!」と決意し、脱サラしてダンサーに挑んだのが2001年。

それから18年。イチロー選手のメジャー生活と同じ年月を俺もダンサーとして挑戦し続けて来れました!

当然、イチロー選手みたく、一年目から活躍出来た天賦の才能は無かったし、ウサギとカメで例えるなら、イチロー選手は「走り続ける休まないウサギ」で俺は「不器用なくせに遠回りするカメ」でしょう。

ただ、そんな天才的ウサギでも「孤独を感じて苦しんだ事、辛い事から逃げたい事も多々ありながら、それが未来の自分への大きな支えになると思ってやって来た」との引退会見での言葉に、なんか泣けて来たかな…

「45歳のスーパースターでも、そんな思いで生きてるんや」と…

俺みたいな凡才は、45歳となり経験を積んで来たにも関わらず、思い描いた道に辿りる着くどころか、衰退すらしてしまう現状…

自分なりに一生懸命頑張って来たつもりでも、不甲斐ない己の姿に嫌気がさす事も…(あれだけ毎日ゲラゲラ笑ってるくせに、よく言うわ〜って思われるかもですが)

なので、今回のイチロー選手の姿や言葉には、18年前と同じく、救われたと言うか、喝を入れて貰いました。

そして「どんな大記録より、泥臭く這いつくばって生きた、この1年間の自分が一番誇らしく思える」って、どれだけ素晴らしい事か。

必要なプライドと要らないプライドを見極め、自己犠牲の精神で、世の為、人の為、自分の為に尽くす

他人の為にが、自分の為になる。

キツい状況下で見える景色や悔しさ、当たり前の有り難さを抱きながら、その過程が、いつか誇らしく思える様に。

あとは、『人に優しく』

優しさの捉え方は色々ありますが、心根の優しい人間でありたいですね。

そんな俺の心境に関係なく、今年も、いつもの場所で綺麗に咲く夜桜を眺めながら、思いに更けっております。

明日の今頃には新元号も決まってるんやなぁ〜

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