思えば、話せる両親に庇護され甘え放題の幼少期。だが、常に周囲に我儘言う側だったはずの自分が、ふと気付けば『〜して頂戴』 『〜した方がイイんぢゃないか?』『〜なんですよ、聞いて下さいよ』『〜って、どうしたら?』と誰かに何かIMPUTされてばかりの毎日! バンドの創作活動による『発信』って概念を除けば、 私人としてのOUTPUT先、ってヤツが何処にも見当たらぬ。バンド活動と云う 大我儘を貫き続ける負い目が、いつしか『滅私奉公』ってスタイルを 醸成しちまってた。大人になった、ってコトなのかも知れないケドね! でもさ、もう人生も折り返し点から随分走ったし。 気侭なOUTPUTタレ流すも一興。ブレまくってもイイぢゃないo(^-^)o 昨日と言ってるコトが違ってもイイぢゃない♪ 『Wスタな日々』で行こうぢゃないの。基本的に、ロザリンドの事も 書くけれど、小さい頃から好きな洋楽アーティストの事とか・・・ネ。

2010/1/20

ロザリ誕生の胎動  だるま物語(Foot step of Rosalind)

序章7
    〜ロザリ誕生の胎動〜
<今回も…以下略>
OILYと名付けられた
そのCOPY・BANDは
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週に一回集っては練習を重ね
当然の流れとして
『ライヴ演ってみようよ〜♪』
に至り


最も典型的な展開である
“高校生の中に混じっての
  地元楽器店主催ライヴ”
を数回経験すると

やがて当時ライヴ・ハウスが
存在しなかった街で、パブを借り切って
ライヴを行って居た地元ブルース・バンド界
重鎮の皆様の恩情にすがって
前座を勤めさせて戴いたりし始める。

この頃になると
VAN HALEN『PANAMA』やら
JIMI HENDRIX
『All along the watchtower』
(あろうコトか、CHIYOCOがハーモニカまで
 披露して居た)
レパートリーも増え、
STEVIE SALAS COLORCODE
 『The HARDER THEY COME』
 に挑戦して挫折の記憶在リw)

次第にBANDはそれなりの纏まり
(あくまで“それなり”ネ^o^;w)
を見せ始めた為、
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これまた自然の摂理、選択肢のひとつとして
『オリジナル創ってみようよ〜♪』
との段階に入る。

此処に大きな分岐点が存在し、もし
このBANDがROCKスタンダード・ナンバー
のカバーに安住して居れば、
それはありがちな中年オジサン達の
“健全な趣味範疇”に留まり

今日、Rosalindは存在しなかったハズである。
(どっちがエライとか凄いとかで無く、
 “社会生活が破綻しない程度の余暇”
  で済んだか済まないか、って違いネ^v ゜

あくまでギター・A某氏の作ったBAND
OILYで在った故、
単に“いちドラマー”として
気軽に取り組んで居た
ハズの凸ヤマだったが、

この毎週スタジオに集って大きな音を出し、
月イチでもライヴらしきものを行う
“BAND活動”の形態は
自宅とスタジオを往復し毎夜毎夜
MIDI機器と格闘する
その時分の凸ヤマ的“引き篭もり音楽生活”とは
大きな違いが在り、実のところ

“すっかり面白くなって”居た
(^_^;)

オリジナル楽曲作成の段になると、
当然、黙って居られなくなる凸ヤマだったが、
この時点では未だ一歩退いて、
(オトナだね^▽^

あくまでA某氏主導での創作活動に
ドラマーの立場からリズム・アィデアを
提供するに止めたスタンス。

だがこの頃、おそらく当の御本人も
忘れて居るだろうが、
メンバーが集って作曲作業に勤しんだ際、
リーダー・A某氏になだめすかされ
うながされ、恫喝されつつ、
イヤイヤ渋々、グズグズ抵抗しながらも、
CHIYOCOが詩を書いた。

それは全く“歌詞”の体裁を採らず
散文詩か物語の様だったが
(イラスト付きw)彼女が怪獣で
街を踏みつけて破壊し尽くす話だった。
(そこに何やら、一見陽気で
 やかましいその娘の深淵に
 隠された闇と云うか
 根深い反骨心、怒り
 を見たのかも知れない!
 ・・・んな大層なもんぢゃないか^o^;!?

それまで、幾多のBAND経験の中で
UHUのBOSSと演った
“POPSコンテスト荒らし”専門
BANDで氏に歌詞を全面的に任せた
ケースを唯一の例外とし、通常は
自身の作品で悉く歌詞も創って居た
凸ヤマは、
(『凸ヤマ歌詞なんて
 ちゃんちゃら可笑しくて
 笑っちゃうぜ
  ( ゜∀゜)アハハハハ八八ノヽ』
       by 後のだるま)


ナゼかその時、そのどうあがいても
メロディの付け様が無いCHIYOCOの詩に
(Aメロ〜サビ〜繰り返し、と云った
 構成が全く成されて居なかった)
イマジネーションを刺激され、

ぶっちゃけ言えば

『( ゚Д゚)こ・・・コレは行けるんぢゃネ?』
と閃いてしまったのである

この事が、その後ドえらい事態を招く。

すっかり創作意欲に火が灯いた凸ヤマは
『(^_^;)やっぱり小生も曲書いて
 持って来てみてイイかな?』
と言を翻し、数日の後
3曲を携えBANDのミーティングに臨んだ。

やや固まって来たBANDの音と、オリジナル創作
の決定、それならRECもしてみようか?等
OILYのモチベーションが最高潮に
達して居た時で在る。

A某氏と凸ヤマ各々の
BAND用自作曲披露が行われた。

徐に、CHIYOCOが口を開く。
『トッチーさん
 (当時の凸ヤマ呼称)
 の曲の方が
 全然面白いな( ゚Д゚)
 (ドきっぱり)』


(オトナぢゃないネTдT!!
 しかもその場面で、そんな感想
 別に要らねえし>へ<

 “オトナの対応”として
 この場面でBAND内の円滑な人間関係
 維持継続の為には、絶対に
 “の方が”
 “全然”
 主張する必然性皆無だろ 常考T_T
 
 この時未だ、著者はここまで数章で
 述べ連ねて来た彼女の
 『上手に馴れ合えない』
 『波風立てるの平気』
 な特質をまるで認識して居なかった)


時既に遅し…(-_-;)

以降、リーダー兼ギタリストは
“体調不良”を告げ
練習に来なくなってしまった('〜`;)
(元々、人見知りなCHIYOCO
 未だ知り合ったばかりの
 K某君やトッチーさんには
 遠慮して穏当に接して居たが
 以前から仕事絡みで知り合いの
 A某氏には情け容赦無く
 辛く当たる傾向が…在ったには
 在ったのだが'_';







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