思えば、話せる両親に庇護され甘え放題の幼少期。だが、常に周囲に我儘言う側だったはずの自分が、ふと気付けば『〜して頂戴』 『〜した方がイイんぢゃないか?』『〜なんですよ、聞いて下さいよ』『〜って、どうしたら?』と誰かに何かIMPUTされてばかりの毎日! バンドの創作活動による『発信』って概念を除けば、 私人としてのOUTPUT先、ってヤツが何処にも見当たらぬ。バンド活動と云う 大我儘を貫き続ける負い目が、いつしか『滅私奉公』ってスタイルを 醸成しちまってた。大人になった、ってコトなのかも知れないケドね! でもさ、もう人生も折り返し点から随分走ったし。 気侭なOUTPUTタレ流すも一興。ブレまくってもイイぢゃないo(^-^)o 昨日と言ってるコトが違ってもイイぢゃない♪ 『Wスタな日々』で行こうぢゃないの。基本的に、ロザリンドの事も 書くけれど、小さい頃から好きな洋楽アーティストの事とか・・・ネ。

2020/4/15

2019年6月追悼  Wスタな日々

2019年6月。
盛岡のバンド屋に激震。Fat Tonesの佐藤さん急逝の記憶も
生々しいうちに、あの志田さんが逝ってしまった。

体調も気分もすぐれず、楽器店も不在がち、と聴き
メールしてみたら
『ご心配掛けました。もう快復しつつあります!』
とスグに返事が帰って来たので、安心してたのに。


菜園に青木楽器BOWが在った頃から、今のWAVEのビルに
引っ越して、通算30年近くの間。

盛岡で楽器に携わった人間で、志田さんに
お世話にならなかった、って者は
一人も居ないのでは無いか?とすら思えます。


クリックすると元のサイズで表示します



商売としては、それではイケナイんだろうけれど。
楽器のメンテをお願いすると、極力お金がかからない様に
かからない様に工夫してくれて、些細な故障だと
珈琲や缶ビールでお代を済ませてしまったり。


そんな志田さんと出逢ったのは
彼が未だ高校生の時分。凸ヤマですら25〜26の
頃でありますから、30年以上のお付き合い。

当時の志田さんは
新体操部に所属するベーシストで、ギタリストの小松氏や
ドラマーのゼンちゃんとBANDを組んでた関係で知り合い、
ナゼか新体操の大会まで見物応援に赴いたコトも在ります。

当時から無口で、余りに筋骨隆々の怪力だったコトから
周囲からは『ガンダム志田』と呼ばれてましたw

たまに口を開いても、『志田はサシスセソが上手に
 言えない』と周囲からからかわれて居り、
余計に口が重くなった模様w

そんな時、バンドのミーティングで
(ナゼかその四高のバンドは凸ヤマ家
 ー現在の我が家の隣、母屋に住んでた頃ー
 に集うコトが多々在り)
ドラマーのゼンちゃんに、セットをベードラ2個で
演るのか、ツインペダルで対応するのか問う際、
『ゼンさん、ツーバシュ…』
と言ってしまい、他のメンバーが大笑いで
指差してその『シュ』を指摘すると
慌てて『しゅ・・・しゅまった!』と赤面する
可愛い場面も。

お父様が凸ヤマの高校時代の恩師で在ったコトは
知り合って随分経ってから知りましたが、それも
志田さんとの浅からぬご縁の一つ。



余りに突然のお別れ。もっとズカズカ踏み入って、
話を聴いたり病院に行かせたりするべきでは無かったか、
そんな後悔も先に立たず。
2019年6月11日の火葬から、14日の葬儀を
迎えてしまいました。

盛岡のBAND屋勢揃いの葬儀には懐かしい顔ぶれが。
オーギダ、タクさん、あっちゃん、笹。


クリックすると元のサイズで表示します

























これも志田さんのお引き合わせか、ROSALINDを8年勤め上げた
凄腕ベーシストで名誉卒業生の一人、あっちゃんにも
超久々に逢えた。
盛岡には居るんだけど、音楽会から本当に綺麗サッパリ
足を洗ってるので、全く逢う機会が無かったんだ。


クリックすると元のサイズで表示します

























志田さんの葬儀で憔悴し切ってただるまさんは
あっちゃんをスグには認識出来ずw
(太って巨大化してるのも手伝って?)

葬儀に飾られた志田さんの愛機が涙を誘いました。


クリックすると元のサイズで表示します











































高校時代のエピソード以外で
とても印象に残ってるコトがひとつ。

Escape From The Tasteの誰かのご祝儀の時だと思うのだけれど、
“フォーマルではない、少しお出掛け装いで”
と云う難しいドレスコードが在り。
丁度BOWに寄った凸ヤマ、
同じく参列予定の志田さんに相談。

『ねえねえ志田さん、ご祝儀どんな格好で行く?』
『いつものジーンズにジャケットだけ羽織って行こうかな、と』
『そうなんだ』
『昔、或る披露宴でそういう格好しててカッコ良かった
 人がいたもんですから。真似しようと思ってw
            …トチさんなんですけどね♪』

ご承知の通り、ベストドレッサーとかファッションリーダーと
逆の意味で笑われ揶揄されるコトこそあれ、
お洒落や服飾センスとは無縁の凸ヤマですので、
志田さんに言われたこの意外な台詞は殊更に
記憶に刻まれてます。

本当に寂しい。まさか凸ヤマより先に逝くなんて。
ガンダムなクセに('〜`;)!


いやしかし。
この葬儀の日は夜にライヴも在ったのですが、
葬儀では悲しみに浸っていただるまさんから、逆に
元気づけられました。
『志田さん、今日はライヴ観に来てくれてるよ。これからも
 いつもみたいに、たまに覗きに来てくれるよ、きっと』

確かに。そう思ってライヴを続けましょう。

今凸ヤマ愛用のレスポール
“ガッカリ丸”は、初号機も弐号機も志田さんの手による
改造加工。苦心の労作!こいつらを抱えれば、
いつでもそこに志田さんが共に。


クリックすると元のサイズで表示します











































亡くなる前、最後に志田さんとBOWで逢った際に
勧めてくれたコレも。それまで
フィンガー・イーズ・スプレー派だった凸ヤマ、
お勧めに従って
現在はこのghsファスト・フレット派に改宗。

これも使う度、志田さんに想いを馳せるコトでしょう。
志田さん、フォーエバー♪


クリックすると元のサイズで表示します

タグ: ROSALIND ろざり



2020/4/17  8:22

投稿者:Ryu-chang

(;ω;)

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ